遺留分を侵害された次男の決断
佐野健二(49歳)は、父の遺言書の内容を聞いたとき、頭の中が真っ白になった。「全財産を長男の浩一に相続させる」——一行だけの遺言書だった。父と浩一の仲が良いことは知っていたし、父なりの考えがあることも理解していた。しかし、まさか自分が一円も受け取れないとは思っていなかった。長男への偏愛に、健二はこれほどまでの深さがあるとは気づいていなかった。
父の財産は、自宅の土地と建物が約四千万円、預貯金が約一千万円、合計五千万円ほどだ。法定相続分なら、健二と浩一でそれぞれ二分の一の約二千五百万円のはずだ。それが遺言書一枚で、健二の取り分はゼロになってしまった。
健二は弁護士に相談した。弁護士から「遺留分」という制度を教えてもらった。「遺留分とは、法律が相続人に最低限保障している相続財産の割合のことです。遺言書があっても、遺留分を侵害することはできません。配偶者・子どもが相続人の場合、遺留分の合計は相続財産の二分の一です。今回のように子どもが二人の場合、健二さんの遺留分は相続財産の四分の一、約一千二百五十万円になります」
「遺留分を取り戻すにはどうすればいいですか」と健二は聞いた。「遺留分侵害額請求という手続きをとります。令和元年の民法改正により、現在は金銭での支払いを求める制度に変わっています。つまり、浩一さんに対して遺留分相当額の金銭を支払うよう請求できます。以前は不動産の持分を取得する形もありましたが、現在は原則として金銭請求になっています」
「時効はありますか」「はい。遺留分侵害額請求には時効があります。遺留分を侵害する遺贈や贈与があったことを知った時から一年以内、または相続開始から十年以内に請求しなければなりません。早めに動くことをお勧めします」
「浩一が支払いを拒否した場合はどうなりますか」「まずは協議による解決を目指します。協議が成立しない場合は、家庭裁判所の調停、それでも解決しなければ訴訟になります。浩一さんが財産の売却や処分を進めてしまう前に、内容証明郵便で請求の意思を示しておくことが重要です。これにより時効の進行を中断することができます」
健二は弁護士に依頼し、内容証明郵便で浩一に遺留分侵害額請求を通知した。浩一は最初「父の遺言だから従ってほしい」と言ったが、弁護士を通じた交渉の末、約一千二百万円を健二に支払うことで合意が成立した。
「遺留分を請求することは、父の意思に背くことになるのでしょうか」と健二は弁護士に聞いた。「遺留分は法律が相続人に保障した権利です。それを行使することは、法的に正当な行為です。ただ、兄弟間の感情的な問題は別にあるかもしれません。合意書に署名した後、健二さんが感じることは、お金だけでは解決しない何かかもしれません」弁護士は静かに言った。
遺言書があっても、遺留分は守られる。遺留分侵害額請求は相続人に与えられた正当な権利だ。ただし一年という時効があるため、侵害に気づいたら早めに専門家に相談することが大切だ。遺留分を知っておくことが、不当な扱いから自分を守る第一歩になる。
この記事で学べること
遺言書があっても「遺留分」は侵害できません。子どもの遺留分は相続財産の1/4(兄弟2人の場合)。遺留分侵害額請求は知った日から1年の時効があります。内容証明郵便で早めに請求の意思を示すことが大切です。
