二次相続を見据えた一次相続の選択
「お母さんが全部もらえばゼロになる」という誤解
田中浩二(52歳)が父・義雄の訃報を受けたのは、桜が散り始めた四月の朝だった。
葬儀を終え、兄の孝一(55歳)、妹の恵子(48歳)と揃って税理士の黒田事務所を訪ねると、開口一番こう切り出した。
「先生、母親に全財産を相続させれば、配偶者控除で税金ゼロになりますよね。それが一番お得じゃないですか?」
父が遺した財産は自宅(評価額2,800万円)と預貯金2,200万円、合計5,000万円。法定相続分どおりなら母・幸子が2,500万円、子三人が合わせて2,500万円を取得するが、浩二には「ゼロになる方法があるなら使わない手はない」という確信があった。
黒田税理士はうなずきながら、静かに言葉を続けた。
「配偶者控除は確かに強力です。お母様が全額取得すれば、一次相続の税金はゼロになります。しかし——二次相続のことも計算してみましょうか」
十年後に待つ「二度目の税金」
黒田税理士がホワイトボードに書き始めた数字を見て、浩二は思わず息を飲んだ。
幸子は現在76歳。推定余命を踏まえると、十年後に二次相続が発生する可能性がある。その時点で財産はほぼそのまま残ると仮定する。
二次相続の基礎控除は「3,000万円+600万円×法定相続人数」で計算される。父の相続では法定相続人は幸子・孝一・浩二・恵子の4人だったが、母の相続では幸子が被相続人になるため、相続人は子どもの3人だけだ。
「基礎控除額は3,000万円+600万円×3人=4,800万円。財産が5,000万円なら、課税遺産総額は200万円。税率10パーセントで約20万円の相続税が発生します」
「たった20万円? それならゼロより全然マシです!」と孝一が言いかけたとき、黒田税理士は静かに首を振った。
「問題はその間に財産が運用や贈与で変わる可能性。そして、お母様が介護施設に入居されたり、医療費がかさんだりすれば財産は減りますが、逆に不動産の評価が上がれば税負担も増える。今の5,000万円という数字は、あくまで現時点の試算です」
一次相続で子が取得すれば変わる未来
「では、最初から子どもも一定割合を相続していたら?」と浩二は尋ねた。
黒田税理士はシミュレーションを続けた。もし一次相続で法定相続分どおりに分割した場合——母が2,500万円、子三人で2,500万円——一次相続の課税遺産総額は5,000万円から基礎控除3,000万円+600万円×4人=5,400万円を引くと、マイナスになる。つまり一次相続でも税金ゼロ。
そして二次相続では、母が保有する財産は2,500万円。基礎控除4,800万円を大きく下回るため、二次相続もゼロとなる。
「つまり、法定相続分で分けても、全額母に渡しても、今の財産規模なら合算してもゼロ同士なんです。ただし財産規模が大きい場合は話が変わります」
財産が多い家族の「本当の落とし穴」
黒田税理士は続けて別の事例を示した。仮に遺産が1億円だった場合——母が全額取得すると一次相続はゼロ。しかし二次相続では、相続人3人で課税遺産総額1億円-4,800万円=5,200万円が課税対象となり、税率や各人の取得額によっては数百万円の相続税が生じる。
一方、一次相続で子ども三人が法定相続分(合計5,000万円)を取得した場合、一次相続に若干の税負担が生じるが、二次相続では母の手元財産が5,000万円に圧縮されており、トータルの税負担が抑えられるケースがある。
「大事なのは、一次と二次を合算した税負担で比較することです。配偶者控除は一次相続だけを見れば最強の節税策。でも長い目で見ると、必ずしも最適解とは言えないんです」
母の意思と、家族の選択
浩二たちは帰り道、珍しく三人で居酒屋に立ち寄った。
「母さんの老後の資金も必要だよな」と孝一が言う。「子どもが先にもらいすぎると、介護でお金が足りなくなるかもしれないし」
「でも、節税だけ考えて母さんに全部押しつけるのも違う気がする」と恵子が続けた。
浩二は黒田税理士の言葉を思い返した。「正解は家族によって違う。数字と気持ち、両方を大切にして決めてください」
一次相続の申告期限は10か月。その間に、兄妹三人は税理士と二度、三度と話し合いを重ねた。最終的に、母の生活資金を確保しつつ、子どもが一定割合を相続する分割案に落ち着いた。
「税金ゼロ」の魔法の言葉に飛びつくのではなく、二次相続まで見渡した「家族全体の最適解」を選んだのだ。
学びのボックス:ペットのための相続対策
| ポイント | 内容 |
| 配偶者控除の落とし穴 | 一次相続で母親が全財産を取得すると、二次相続での基礎控除・税率が不利になる |
| 二次相続の基礎控除 | 「3,000万円+600万円×法定相続人数」。母親死亡時は子のみが相続人になるため、控除額が減少 |
| 一次相続での分割検討 | 子どもが一次相続から一定額を取得することで、二次相続の課税財産を圧縮できる |
| トータル税負担の比較 | 一次・二次の合算税負担を試算して比較することが、最適な遺産分割策の鍵 |
| 専門家への相談タイミング | 一次相続の申告期限(10か月)内に二次相続シミュレーションを含めた検討を |
