[相続のお話]団信があるから大丈夫、のはずが――告知義務違反という思わぬ落とし穴

団信があるから大丈夫、のはずが――告知義務違反という思わぬ落とし穴

夫の訃報を受けてから、木村さおり(きむらさおり)は泣く暇もないまま手続きに追われていた。三十九歳、二人の子どもを抱える専業主婦だ。

夫の健太(けんた)は四十二歳で、急性心筋梗塞だった。前の週まで普通に出勤していたのに、突然すぎた。

葬儀が終わった翌週、義母から電話があった。「住宅ローンは、団信があるから大丈夫よ。健太の死亡で全額免除されるから」

団体信用生命保険、いわゆる「団信」。住宅ローンを組んだとき、金融機関に加入を求められる保険だ。ローン契約者が死亡または高度障害になった場合、保険金でローン残高が完済される仕組みだ。さおりも「そういうものがある」とは聞いていた。

しかし、銀行から届いた封書を開いたとき、さおりの顔から血の気が引いた。

「保険金のお支払いについて、確認事項がございます」

担当者に連絡を取ると、こう告げられた。「健太さんが団信加入時の告知書に、健康状態に関する事項を正確にご記入されていなかった可能性があります。調査の結果によっては、保険金のお支払いができない場合もございます」

さおりは記憶をたどった。四年前、住宅ローンを組んだとき、健太は「持病なんてないよ」と言っていた。しかし健太はその三年前、軽い不整脈で循環器科に通院していた時期がある。投薬治療を受けていたが、「もう治った」と自己判断して通院をやめていた。

告知書には「過去三年以内に医師の診察・検査・治療を受けたことがあるか」という設問がある。健太はローン締結の時点で、その三年前ぎりぎりに通院歴があった。結果として、告知書に「なし」と記入していた。

保険会社の調査が始まった。さおりは弁護士の藤原さんに相談した。「告知義務違反が認定されると、保険契約が解除されて保険金は支払われません。ローン残高は消えず、相続人であるさおりさんが引き継ぐことになります」

「私が払わないといけないんですか」とさおりが問うと、藤原さんはこう続けた。「住宅ローンに連帯保証人がついている場合は、その方にも返済義務が生じます。また、連帯債務で借りていた場合は、さおりさん自身がもともと債務者の一人ということになります。契約内容を確認する必要があります」

さおりは慌ててローン契約書を確認した。幸い、連帯保証人は設定されていなかった。また、ローンは健太の単独名義だった。しかし、相続放棄をしなければ、ローン残高は相続財産のマイナスとして引き継がれる。家の評価額とローン残高を比較しながら、相続放棄すべきかどうかを検討しなければならなかった。

調査の結果、保険会社は最終的に「因果関係の証明が困難」として保険金を支払う判断をした。不整脈の既往と心筋梗塞との直接的な因果関係が医学的に断定できなかったためだ。

さおりは安堵したが、藤原さんの言葉が耳に残った。「今回はたまたま助かりました。でも、告知義務違反のリスクは決して小さくありません。住宅ローンを組む際には、持病や通院歴を正確に申告することが、家族を守る第一歩です」

さおりはその夜、子どもたちが眠った後、健太との思い出の写真を一枚ずつめくった。あなたはちゃんと家族を守ってくれた。でも、知らなかっただけで崩れかけていた未来があった。

伝えてほしかった、と思った。どんな些細なことでも。

学びのボックス]団信の仕組みと告知義務違反のリスク

団信とは団体信用生命保険の略。住宅ローン契約者が死亡・高度障害になった場合に、保険金でローン残高が完済される保険。
告知義務とは加入時に健康状態・通院歴・持病を正確に申告する義務。過去3〜5年以内の診察・投薬・入院歴が主な対象。
違反の結果告知義務違反が認定されると保険契約が解除され、保険金が支払われない。ローン残高は消えず相続財産のマイナスとして残る。
因果関係の論点既往症と死因の間に直接的な因果関係がなければ、保険金が支払われるケースもある。ただし調査・交渉が必要になる。
連帯保証・連帯債務連帯保証人がいる場合はその人にも返済義務が発生。連帯債務で借りた場合、存命の債務者に返済義務が残る。
遺族の対応策①ローン契約書・団信契約内容の確認 ②相続放棄の検討(プラス財産とマイナス財産のバランス確認) ③弁護士・FPへの早期相談


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