介護した弟に、多く渡したかった
岩田清志(60歳)は、弟の和也(57歳)から電話を受けたとき、仕事の最中だった。
「兄貴、母さんが亡くなった。病院から連絡が来た」
母の幸子(享年83歳)は半年前から施設に入居していた。認知症が進み、会話が難しくなっていたが、体は比較的丈夫だった。突然のことで、清志はしばらく言葉が出なかった。
葬儀を終えて二週間後、清志と和也は母の財産について話し合いを始めた。遺産は実家の土地と建物、それから預貯金が少し。法定相続分は兄弟で二分の一ずつだ。兄弟仲は悪くない。すぐに話し合いがまとまると、清志は思っていた。
ところが、話を進めるうちに一つの問題が浮かんだ。母が施設に入る前、和也が母と同居して世話をしていた期間が三年ほどある。和也は「その間、仕事を減らして母の介護をしていた。その分を考慮してほしい」と言い出した。
清志は戸惑った。和也が介護をしてくれていたことは事実で、感謝もしている。しかし、財産の分け方に反映させるとなると、どう計算すればいいのかわからない。感情的になりそうな自分を抑えながら、清志は「一度専門家に相談しよう」と提案した。
相続専門の事務所で、担当者から「寄与分」という考え方を教えてもらった。
「相続人の一人が、被相続人の財産の維持や増加に特別な貢献をした場合、その貢献分を相続分に上乗せできる制度です。介護についても、専門的な療養看護として評価されるケースがあります」
「どうやって金額を計算するんですか」
「介護の内容と期間をもとに、同等のサービスを専門家に依頼した場合の費用相当額で算定します。たとえば、訪問介護ヘルパーに頼んだとすると一日あたり何円かかるかを計算し、介護した日数と年数を掛け合わせます。ただし、通常の親族間の扶養義務の範囲を超えた貢献であることが条件です。日常的な家事の手伝い程度では認められにくく、医療行為に近い介助や常時付き添いが必要な状態であったことが評価のポイントになります」
「もし合意できなかった場合はどうなりますか」
「家庭裁判所での調停になります。調停でも解決しない場合は審判に進みます。時間も費用もかかりますので、できればお二人で話し合って解決できるのが理想です。専門家が中立の立場で間に入ることで、感情的にならずに話し合える場を作ることもできます」
清志は和也と改めて向き合った。「お前が母さんのそばにいてくれたのは、本当にありがたかった。正直に言ってくれてよかった」と清志は言った。和也は少し表情が緩んだ。「兄貴に話すのが怖かった。でも、ため込んだままにしておきたくなかった」と打ち明けた。
専門家のサポートのもと、寄与分を加味した形で遺産分割協議書を作成した。清志の取り分はわずかに少なくなったが、それよりも兄弟の間にわだかまりが残らなかったことの方が、ずっと大切だった。
相続は、財産の問題であると同時に、家族の関係を映す鏡でもある。正直に話し合えたことで、二人の間には以前より少し深いつながりができた気がした。清志はそれを、母からもらった最後の贈り物だと思いながら、実家の仏壇に静かに手を合わせた。
この記事で学べること
相続人の一人が介護などで特別な貢献をした場合、「寄与分」として相続分に上乗せできる制度があります。相続人全員の合意が必要ですが、感情的になる前に専門家を交えて話し合うことが大切です。
