海外に住む非居住者の『サイン証明』
印鑑証明書が取得できない海外相続人が、大使館・領事館の証明書で手続きを完了させる
清水香織は、父の遺産分割協議を進める中で、思わぬ壁にぶつかっていた。相続人は香織と、五年前からオーストラリアに移住している妹の真由美の二人。父の預貯金と自宅の不動産をどう分けるか、電話とメールで話し合い、内容にはすんなり合意できていた。時差を気にしながらのやり取りは大変だったが、姉妹の仲は良く、遺産分割の中身そのもので揉めることはなかった。問題は、その先の手続きにあった。
日本の遺産分割協議書には、相続人全員の実印による押印と、印鑑証明書の添付が必要になる。しかし真由美は、日本を離れて長く、住民票も抜いてすでに海外居住者になっていた。印鑑登録は住民登録のある市区町村でしか行えないため、真由美には印鑑証明書を取得する術がなかった。「実印も印鑑証明書もないのに、どうやって手続きを進めればいいの」と、香織は途方に暮れてしまった。
司法書士に相談すると、思いがけない解決策を教えてもらえた。「海外に居住していて印鑑証明書が取得できない方については、現地の日本大使館や領事館で発行される『署名証明(サイン証明)』を、実印と印鑑証明書の代わりとして使うことができます」。司法書士はそう説明した。サイン証明とは、申請者が領事の面前で申請書類に署名し、その署名が本人のものであることを日本の在外公館が証明する書類だという。
さらに司法書士は、「不動産の相続登記などでは、あわせて『在留証明書』の提出を求められることもあります。これは、申請者が現在その国に居住していることを証明する書類で、日本の住民票に代わるものです」と付け加えた。サイン証明には、対象の書類に直接署名し証明を受ける形式と、あらかじめ用意した署名を単独で証明してもらう形式の二種類があり、遺産分割協議書のように内容が確定している書類には前者の形式が適していると教えてもらった。真由美は聞き慣れない書類の名前に戸惑いながらも、日本総領事館のウェブサイトで手続きの詳細を調べ始めた。
真由美はまず、総領事館に電話で予約を取り、遺産分割協議書と必要な申請書類を準備した。領事の前で協議書に署名し、サイン証明を発行してもらう手続きは、思ったよりも厳粛な雰囲気だったという。あわせて申請した在留証明書も、数日後には無事に発行された。真由美はこれらの書類を国際郵便で日本の香織のもとへ送った。予約から書類が手元に届くまで、思いのほか時間がかかり、真由美は「日本にいたらすぐ済むことなのに」と苦笑いしていたという。
香織は届いた書類を司法書士に確認してもらい、遺産分割協議書に添付する形で相続登記の申請を進めた。法務局の窓口でも特に問題は指摘されず、サイン証明と在留証明書の組み合わせで、印鑑証明書の代わりとしての手続きは無事に受理された。数週間後、不動産の名義変更と預貯金の解約が無事に完了し、香織と真由美はそれぞれの取り分を受け取ることができた。
手続きが一段落した後、真由美はビデオ通話で「まさか自分の署名一つに、こんな手間がかかるとは思わなかった」と笑いながら香織に話しかけてきた。国境を越えた相続の煩雑さを実感しつつも、二人は無事に父の遺産を分け合えたことに安堵し、次に帰国したときは一緒に父の墓参りに行こうと約束を交わした。香織は、もし妹が海外にいることを最初から想定していれば、もっと早く総領事館での手続きに動けたはずだと、今回の経験を振り返っている。
学びのボックス
| 印鑑証明書が取得できない理由 | 印鑑登録は住民登録のある市区町村でのみ行えるため、住民票を抜いて海外に居住している人は印鑑証明書を取得できない。 |
| サイン証明(署名証明)とは | 現地の日本大使館・領事館で、申請者が領事の面前で書類に署名したことを証明してもらう書類。実印・印鑑証明書の代わりとして使える。 |
| サイン証明の2つの形式 | 対象書類に直接署名し証明を受ける方式と、あらかじめ用意した署名を単独で証明してもらう方式があり、書類の性質に応じて使い分ける。 |
| 在留証明書とは | 申請者が現在その国に居住していることを証明する書類。日本の住民票に代わるものとして、不動産の相続登記などで求められることがある。 |
| 手続きの流れ | 在外公館に予約を取り、必要書類を準備したうえで領事の面前で署名・申請し、発行された証明書を国際郵便等で日本の相続人に送付する。 |
