『配偶者短期居住権』追い出しを狙う連れ子との攻防
【配偶者短期居住権の保護期間と適用要件】先妻の子から即退去を迫られた後妻を守る、最低6か月の強力な権利
鈴木洋子は、夫の正博を亡くしたばかりだった。洋子は正博の後妻で、結婚してからまだ五年ほどしか経っていなかった。正博には、先妻との間に生まれた息子の大輔がいた。正博の死後まもなく、大輔から思いがけない連絡が入った。「この家は父の遺産だから、僕が相続することになる。悪いけど、なるべく早く出ていってもらえないか」。大輔とは、これまで数えるほどしか顔を合わせたことがなく、洋子にとっては半ば他人に近い相手だった。
洋子は言葉を失った。正博と暮らしたこの家には、二人の思い出が詰まっている。しかも、まだ遺産分割協議も始まったばかりで、誰が何を相続するかも決まっていない段階だった。大輔の口調はにべもなく、「後妻には権利がないはずだ」と言わんばかりの態度に、洋子は深く傷つき、同時に強い不安を覚えた。
途方に暮れた洋子は、司法書士に相談することにした。「ご安心ください。奥様には『配偶者短期居住権』という権利があります。これは、被相続人が亡くなった時点でその建物に無償で住んでいた配偶者が、遺産分割協議が終わるまでの間、引き続き無償で住み続けられる権利です」。司法書士はそう説明してくれた。
「しかも、この権利には最低六か月間という保障期間があります。仮に大輔さんが早期に単独で相続することが決まったとしても、その決定から六か月間は、奥様の居住が法的に保護されます。大輔さんが『今すぐ出ていけ』と言ったとしても、法律上、それに応じる義務はありません」。洋子はこの説明を聞いて、ようやく肩の力が抜けるのを感じた。手続きに特別な申請などは不要で、要件を満たしていれば当然に発生する権利だという点も、洋子にとっては心強い後押しになった。
司法書士はさらに、「配偶者短期居住権は、正式な婚姻関係にある配偶者であれば、結婚期間の長短や、相続人が先妻の子であるかどうかにかかわらず、当然に認められる権利です。大輔さんが法定相続人であることと、洋子さんに短期居住権があることは、まったく別の問題として並び立ちます」と付け加えた。洋子は、自分の立場が法律上きちんと守られていることを、初めて実感できた。
洋子は司法書士のサポートを受けながら、大輔に対して配偶者短期居住権の内容を説明する書面を送った。感情的にならず、あくまで法律上の権利を丁寧に伝えることを心がけた。あわせて、今後の遺産分割協議には誠実に応じる姿勢も示し、対立を長引かせるつもりはないことも伝えた。大輔は当初、納得できない様子だったが、法的な根拠を示されると、それ以上の強い要求はしてこなくなった。
その後、洋子と大輔は、遺産分割協議に向けて少しずつ話し合いを重ねるようになった。当初のような一方的な要求はなくなり、時間をかけて互いの事情を理解し合う関係へと変わっていった。大輔も、父が晩年に洋子とどれほど穏やかに過ごしていたかを、少しずつ知ることになった。最終的には、洋子がこの家に住み続けられる形で、預貯金の分配などを含めた遺産分割協議がまとまった。
この経験を通じて洋子は、配偶者短期居住権という制度が、婚姻期間の長さにかかわらず、遺された配偶者の生活基盤をしっかりと守ってくれるものであることを学んだ。感情的な圧力に押し流されることなく、法律に基づいて冷静に対応することの大切さを、洋子は身をもって理解した。協議がまとまった後、大輔は洋子の家を訪れ、「最初は失礼な態度を取ってすまなかった」と素直に謝罪し、以来、正博の命日には二人で墓参りに行く関係になっている。
学びのボックス
| 配偶者短期居住権とは | 被相続人が亡くなった時点でその建物に無償で住んでいた配偶者が、遺産分割協議が終わるまでの間、引き続き無償で住み続けられる権利。 |
| 最低保障期間 | 遺産分割が早期にまとまった場合でも、相続開始または所有者確定から最低6か月間は居住が保障される。 |
| 婚姻期間の長短は無関係 | 結婚してからの年数にかかわらず、正式な配偶者であれば当然に認められる権利であり、後妻・先妻の別を問わない。 |
| 相続人との対立とは別問題 | 先妻の子など他の相続人が法定相続人であることと、配偶者に短期居住権があることは、法律上まったく別の問題として並び立つ。 |
| 手続き不要で当然に発生 | 特別な申請をしなくても、要件を満たせば当然に発生する権利であり、突然の退去要求にも法律上応じる義務はない。 |
