『結婚・子育て資金の一括贈与』使い切れなかった残額の行方
【1000万円非課税枠の落とし穴】50歳での契約終了時に生じる残額課税と、一般税率適用という現実
田島正子は、娘の由美がまだ独身だったころ、将来の結婚や出産、子育てに備えてほしいという思いから、結婚・子育て資金の一括贈与の非課税制度を利用して、信託銀行に千万円を預けていた。この制度は、結婚式の費用や新居の家賃、出産費用、保育料など、幅広い用途に非課税で使えるとあって、正子は「これで由美の将来を少しでも助けられる」と安堵していた。子育てで忙しい由美を経済的な面から支えたいという、母親らしい思いからの決断だった。
由美はその後、無事に結婚し、二人の子供にも恵まれた。結婚式の費用や引っ越し代、子供の保育料など、信託口座からは何度も資金が引き出され、生活の節目節目を支えてくれていた。正子はその様子を見るたびに、この制度を利用してよかったと感じていた。ただ、由美自身は、口座に残っている金額を細かく把握しているわけではなく、いつの間にか年月だけが過ぎていった。
ところが、由美が五十歳の誕生日を迎えたころ、信託銀行から一通の通知が届いた。「本契約は、受贈者様が五十歳に達したことにより終了いたします。つきましては、口座に残っている残額二百万円について、贈与税の申告が必要になります」。由美はこの通知を見て、耳を疑った。非課税で贈与を受けたはずの資金に、今になって税金がかかるとは思っていなかったのだ。
由美は税理士に相談することにした。「結婚・子育て資金の一括贈与には、受贈者が五十歳に達した時点、あるいは贈与者が亡くなった時点などで契約が終了するという定めがあります。契約終了時になお使い切れていない残額があれば、その時点で贈与があったものとみなされ、贈与税の課税対象になるのです」。税理士はそう説明した。
「しかも、この残額に対する贈与税は、教育資金の一括贈与とは異なり、通常の贈与と同じ税率、いわゆる一般税率で計算されます。特別に優遇された税率が適用されるわけではないので、想像していたより負担が重くなることもあります」。由美は、非課税制度のはずが、最後にこれほど厳しい形で税金が絡んでくるとは、まったく想定していなかった。契約時にはあれほど「非課税」という言葉を強調されていただけに、その落差はなおさら大きく感じられた。
税理士とともに、由美は残額二百万円について贈与税の申告を行った。基礎控除額を差し引いた金額に対して、一般税率で計算された贈与税を納付することになり、当初期待していた「非課税で受け取れる資金」というイメージとは、少し異なる結末を迎えることになった。もう少し早くこの制度の仕組みを理解していれば、契約終了までに残額を使い切る方法を検討できたかもしれないと、由美は悔やんだ。
母の正子は、この結果を聞いて申し訳なさそうにしていたが、由美は「制度を使わせてもらったこと自体には感謝している。ただ、最後にこんな落とし穴があるとは知らなかった」と、複雑な胸中を打ち明けた。正子は、良かれと思って選んだ制度が、思いがけない形で娘に負担をかけてしまったことに、しばらく心を痛めていた。
この経験を通じて由美は、非課税制度を利用する際には、非課税枠の範囲だけでなく、契約終了時の取り扱いまで見据えて、計画的に資金を使い切ることの重要性を学んだ。ちょうど良い金額を見積もって信託に預けること、そして使い道を早めに具体化しておくことが、こうした思わぬ課税を避ける鍵になるのだと、由美は身をもって理解した。この経験を、由美は自分の子供たちが将来同じ制度を使う機会があれば、必ず伝えようと心に決めている。
学びのボックス
| 結婚・子育て資金の一括贈与とは | 結婚式費用や新居の家賃、出産費用、保育料などに充てるため、信託銀行等を通じて最大1000万円まで非課税で贈与できる特例。 |
| 契約終了のタイミング | 受贈者が50歳に達した時点、贈与者が死亡した時点などで契約が終了する。 |
| 終了時の残額に課税 | 契約終了時に使い切れなかった残額があると、その時点で贈与があったものとみなされ、贈与税の課税対象になる。 |
| 一般税率が適用される | 終了時の残額に対する贈与税は、教育資金の一括贈与とは異なり、優遇のない一般税率で計算される。 |
| 計画的な活用の重要性 | 非課税枠の金額だけでなく契約終了時の扱いまで見据え、使い道を早めに具体化して計画的に使い切ることが重要になる。 |
