行方不明の長男を探して
田村正雄(58歳)は、母の死後すぐに弟の誠(55歳)と遺産分割の話し合いを始めようとした。しかし、もう一人の相続人である兄の浩一(62歳)が十二年以上行方不明のままだった。浩一は三十代の頃に家族と疎遠になり、消息が途絶えていた。年賀状も戻ってくるようになり、電話もつながらない。正雄には、兄がどこにいるのかまったく見当がつかなかった。
遺産は自宅の土地と建物、それから預貯金が約一千万円。法定相続分は三人で三分の一ずつだ。しかし、浩一が行方不明のままでは遺産分割協議書に全員が署名できない。協議が成立しなければ、不動産の名義変更も、預金の解約もできない。このままでは実家が宙に浮いたままになってしまう。
正雄は司法書士に相談した。教えてもらったのが「不在者財産管理人」という制度だ。不在者財産管理人とは、行方不明者(不在者)の財産を守るために家庭裁判所が選任する管理人のことだ。管理人は不在者に代わって財産の保存や管理を行い、一定の行為については裁判所の許可を得た上で遺産分割にも参加できる。
「申し立てには何が必要ですか」と正雄は聞いた。「浩一さんの戸籍謄本、不在の事実を示す資料(返戻された郵便物、連絡が取れない経緯のメモなど)が必要です。管理人には弁護士や司法書士などの専門家が選ばれることが多く、管理人への報酬は相続財産の中から支払われます」
「申し立てからどのくらい時間がかかりますか」
「裁判所の審理に数ヶ月かかることが多いです。管理人が選任された後、遺産分割の内容について裁判所の許可を得る手続きが別途必要になります。全体として半年から一年程度かかるケースが多いです。早めに動くことが重要です」
「失踪宣告という制度もあると聞きましたが、どう違いますか」
「失踪宣告は、不在者を法律上『死亡したもの』とみなす制度です。七年以上生死不明であれば普通失踪として申し立てできます。ただし宣告後に本人が現れた場合は取り消しの問題も生じ、手続きも長期化しやすいです。遺産分割だけが目的なら、不在者財産管理人の方が現実的な解決策です」
正雄は申し立てを決めた。必要な書類を揃え、家庭裁判所に申し立てを行った。数ヶ月後、弁護士が管理人として選任された。管理人を交えた遺産分割協議が進み、裁判所の許可を得た上で遺産分割協議書が作成された。不動産の名義変更と預金の解約が、ようやく完了した。
手続きが終わった夜、正雄は弟の誠に電話した。
「長かったけど、やっと終わった」という二人の言葉には、安堵と疲労が混じっていた。母が遺した財産を、法律の手続きを通じてきちんと受け取ることができた。
正雄は手続きが終わった後、専門家からこんな言葉をもらった。
「相続人の中に行方不明者がいる場合、何年も放置してしまうケースがよくあります。でも放置すればするほど、相続人の数が増え、手続きがさらに複雑になります。思い切って動き出したことが、最善の選択でした」
正雄はその言葉を胸に刻んだ。母が遺してくれた家と財産を、きちんと受け取ることができた。それが何より大切なことだった
この記事で学べること
【この記事で学べること】行方不明の相続人がいる場合、「不在者財産管理人」を家庭裁判所に申し立てることで遺産分割を進められます。7年以上生死不明なら「失踪宣告」も選択肢ですが、遺産分割が目的なら不在者財産管理人の方が現実的です。
