お墓と仏壇の引き継ぎ:祭祀財産とは
「お墓の管理費も、遺産から差し引いて三等分にしようよ。あれ、毎年けっこうかかるんだろ?」
遺産分割協議のテーブルで次男の藤原洋平(49歳)がそう言い出したのは、母・千代の四十九日法要を終えた翌週のことだった。
長女の久美子(53歳)は思わず眉をひそめた。「お墓を遺産と一緒に扱っていいの?」長男の誠一(56歳)も黙って腕を組んだ。
三人きょうだいの相続協議は、この一言から思わぬ方向に転がり始めた。
「お墓は遺産じゃない」
翌日、誠一は付き合いのある司法書士・竹内先生に電話で相談した。
「実は、お墓や仏壇は通常の相続財産とは別扱いになるんです」と竹内先生は答えた。「民法八九七条に『祭祀財産』という規定があって、お墓・仏壇・位牌・神棚・系譜などは遺産分割の対象から外れています」
つまり、母が遺した預金や不動産は三人で分けるものだが、お墓と仏壇は「誰か一人が引き継ぐ」ものであり、遺産の計算に含めることも、管理費を他の相続人に強制負担させることも、法律上はできない。
「では洋平の言うことは……」と誠一が呟くと、竹内先生は穏やかに言った。「法的根拠はありません。ただ、任意の話し合いで協力をお願いすることは自由です」
相続税もかからない
「一つ良いこともあります」と竹内先生が続けた。「祭祀財産は相続税の非課税財産です。お墓の土地と墓石、仏壇と仏具は、相続税の計算に含める必要がありません」
誠一はそれを聞いて少し気持ちが楽になった。母が生前に購入していた墓地と墓石は合計で二百万円ほど。これが相続税の対象外になるのは、確かにありがたかった。
「ただし注意点があります。生前に購入した未使用の墓地でも、投資目的とみなされるような場合は非課税にならないこともあります。今回は明らかに自家用ですから問題ありませんが」
承継者は誰が決める?
「では、お墓は誰が引き継ぐんですか」と誠一は尋ねた。
「祭祀承継者の決め方には順番があります。まず、被相続人(お母様)が遺言や生前の意思表示で指定していればその人。次に、地域や家の慣習。それでも決まらなければ、家庭裁判所が審判で決めます」
母は遺言書を残していなかったが、生前、「お墓のことは誠一に任せる」と繰り返し口にしていた。三きょうだいはその言葉を皆が覚えていた。
「では長男の誠一さんが引き継ぐのが自然です。慣習としても、長男が祭祀を承継するケースは多い。洋平さんや久美子さんが任意で管理費の一部を助けることは、もちろん歓迎されることです」
家族の話し合いで着地
協議の席で竹内先生の説明を共有すると、洋平も納得した。「法律でそうなってるなら仕方ない。ただ、墓参りには一緒に行くし、管理費は少し出すよ」
久美子も「私もできる範囲で」と頷いた。
誠一は仏壇の前で手を合わせながら思った。お墓と仏壇は財産ではなく、家族をつなぐものだ。法律はそれをちゃんと知っていた。
祭祀財産は、金銭で割り切れないからこそ、特別な扱いを受ける。相続の話し合いが始まったら、最初に確認しておきたい基本のひとつだ。
学びのボックス:祭祀財産承継のポイント
| 祭祀財産とは | お墓・仏壇・位牌・神棚・系譜など、先祖の祭祀に用いる財産の総称。民法897条により通常の相続財産とは区別される。 |
| 遺産分割の対象外 | 祭祀財産は遺産分割協議の対象にならない。管理費用を他の相続人と等分することを強制することもできない。 |
| 相続税がかからない | 祭祀財産は相続税の非課税財産(相続税法12条)。墓地・墓石・仏壇・仏具などが対象。ただし投資目的の骨董品などは対象外。 |
| 承継者の決め方 | ①被相続人の指定、②慣習(地域や家の慣習に従う)、③家庭裁判所の審判——の順で決まる(民法897条)。遺言での指定が最も確実。 |
| 管理費用の負担 | 祭祀承継者が管理費用を一人で負担するのが原則。他の相続人に費用分担を求める法的根拠はないが、家族間の話し合いで任意の協力を求めることは可能。 |
