信託銀行の『遺言信託』、高い手数料の正体
「父は生前、信託銀行に全部任せてあるから安心だと言っていました。でもこんなに手数料がかかるとは……」
長女の林美穂(四十九歳)が司法書士の今村先生の前でため息をついたのは、父・林敬一郎(享年七十九歳)の遺産整理が始まってすぐのことだった。
父は生前、大手信託銀行A社の「遺言信託」を契約していた。契約時の説明では「遺言書の保管から遺産整理まで全部やってくれる」と聞いており、家族も安心していた。
しかし信託銀行から送られてきた書類に記載された手数料の見積もりを見て、美穂は目を疑った。遺産総額は不動産・預金・有価証券合わせて約二億円。それに対して「遺言執行報酬」として一・一%——二百二十万円——が計上されていた。さらに各種手続きの実費・消費税が加わると、合計は三百万円に迫る勢いだった。
「全部やってくれる」の代金
「父が生前に払っていた契約料は年間二万円ほどだったと聞いています。それで全部込みだと思っていたのですが」と美穂は言った。
今村先生は丁寧に説明した。「信託銀行の遺言信託は、生前の契約料(遺言書の保管・作成支援など)と、死亡後の遺言執行料が別立てになっています。生前の費用は確かに安いですが、執行報酬は遺産総額に対してパーセンテージで計算されます。遺産が多いほど、報酬も大きくなる仕組みです」
「相場はどれくらいなんですか」
「信託銀行によって異なりますが、遺産総額の〇・五%から一・五%程度が一般的です。二億円の遺産なら百万~三百万円の幅になります。最低報酬額が設定されているケースも多く、遺産が少ない場合でも一定額はかかります」
専門家に頼んだ場合との比較
「もし最初から司法書士や弁護士に遺言執行をお願いしていたら、どれくらい違ったんですか」と美穂は尋ねた。
「案件の複雑さによりますが、今回のような二億円規模の相続で相続人が二名・不動産が一筆・預金と株式があるという内容であれば、司法書士や弁護士への依頼で五十万~百万円程度になることが多いです。信託銀行より割安になるケースが多いのは事実です」
「では信託銀行に頼む意味はあったんでしょうか」
「あります。信託銀行には大組織としての安定性・二十四時間対応・相続税申告までワンストップで連携できるという強みがあります。相続人間に争いがある場合や、海外資産・複雑な有価証券がある場合は、信託銀行の体制が力を発揮します。今回のお父様のケースがどちらに適していたかは、契約時の財産状況次第です」
「比較しなかった」後悔
「父は信託銀行の担当者の説明だけで決めたと言っていました。他と比べることをしなかったんです」
「遺言信託を検討するなら、信託銀行だけでなく、司法書士・弁護士などの専門家にも相見積もりを取ることが大切です。費用だけでなく、サービスの内容・対応の速さ・相続税申告との連携の有無——これらを比較したうえで選ぶのが理想的です」
美穂は手数料に納得したうえで、信託銀行にそのまま執行を依頼することにした。「父が選んだ選択を今さら変えることもできないし、信託銀行の体制は確かに安心でした。ただ、事前に教えてもらっていれば、もう少し選択肢を考えられたかもしれない」
「安心料」には価格がある
遺言信託の手数料が高いかどうかは、受けるサービスの内容・遺産の規模・家族の状況によって変わる。大切なのは「高い安心料を払う価値があるかどうか」を、生前のうちに冷静に判断することだ。
「遺言書を作るとき、誰に執行を頼むかも同時に決めてください」と今村先生は言った。「遺言執行者の指定と、その費用の見積もりは、遺言書作成の一部です。生前に比較し、納得したうえで契約することが、残された家族への最後の配慮になります」
信託銀行の遺言信託は確かな選択肢だ。しかしその価格を、契約前に正確に知っておくこと——それが、高い手数料に驚かないための唯一の備えだ。
学びのボックス:遺言信託のコストと選択のポイント
| 信託銀行の遺言信託とは | 信託銀行が遺言書の保管・作成支援・死亡後の遺産整理(遺言執行)までをパッケージで引き受けるサービス。生前の契約料に加え、死亡後の遺言執行手数料が遺産額に応じて発生する。 |
| 遺言執行手数料の目安 | 信託銀行によって異なるが、遺産総額の0.5〜1.5%程度が一般的。遺産が1億円なら50万〜150万円、3億円なら150万〜450万円規模になることもある。最低手数料が設定されているケースも多い。 |
| 司法書士・弁護士への依頼との比較 | 司法書士や弁護士が遺言執行者になる場合、費用は案件の複雑さによるが、信託銀行より低コストになることが多い。ただし24時間対応・大組織の安定性・相続税申告の連携などは信託銀行が優位。 |
| 遺言信託が向いているケース | ①遺産総額が大きく相続税申告も必要、②相続人間に争いが予想される、③海外資産・株式など管理が複雑な財産がある、④遺言執行を任せられる信頼できる個人がいない——こうした場合は信託銀行の強みが活きる。 |
| 契約前に確認すべきこと | 遺言信託を契約する前に、死亡後の遺言執行手数料の計算方法・最低手数料・追加費用の有無を必ず確認する。複数の信託銀行と専門家(司法書士・弁護士)を比較見積もりすることが重要。 |
