[相続のお話]数百万の葬儀費用、誰が払うべき?

数百万の葬儀費用、誰が払うべき?

「葬儀代は喪主が払うものでしょう。あなたが喪主をやったんだから、全額あなたが負担すべきです」

遺産分割協議の場でそう言い放ったのは、三男の石橋達雄(五十歳)だった。

喪主を務めた長男の久雄(五十七歳)は、思わず顔が強張った。葬儀一式・通夜の飲食・火葬費用・お布施を合わせて三百二十万円。自分のカードで立替えてきたが、まさか全額負担を求められるとは思っていなかった。

次男の浩司(五十三歳)も口を開いた。「でも、葬式代は遺産から差し引けると聞いたぞ。相続税の計算のときに」

三人の言い分がそれぞれ食い違い、協議は早くも暗礁に乗り上げた。

「喪主が全額負担」は法律ではない

翌日、久雄は税理士の若林先生に相談した。

「葬儀費用を誰が負担するかについて、民法には明確な規定がありません」と若林先生は言った。「慣行として喪主が立替えるケースが多いですが、法律上、喪主が全額を単独で負担しなければならないわけではありません」

「では、遺産から引けるんですか」

「相続税の計算では、葬式費用の一部を遺産(課税財産)から差し引ける『債務控除』という制度があります(相続税法一三条)。ただし、控除できる費用とできない費用の区別があります」

控除できる費用・できない費用

若林先生は具体的に説明した。

「控除できるのは、通夜・告別式の費用、火葬・埋葬費用、霊柩車代、葬儀社への支払い全般、そしてお布施や戒名料も相当額の範囲内で認められています」

「では香典返しは?」と久雄が尋ねた。

「香典返しは控除できません。香典は参列者からの見舞いであり、それに対するお返しは葬儀そのものの費用ではないという考え方です。同じ理由で、墓石や墓地の購入費用、初七日・四十九日などの法事費用も控除の対象外です」

久雄が立替えた三百二十万円のうち、債務控除の対象になるのは約二百六十万円と若林先生は計算した。香典返し代と四十九日の法事費用が対象外になった。

「立替」と「精算」という実務

「ところで、久雄さんが三百二十万円を立替えたことは、遺産分割の場でどう処理できますか」

「相続人間で話し合って、遺産を分割する際に久雄さんの立替分を遺産から先に精算する方法が実務上よく使われます。たとえば遺産の現金から久雄さんに立替費用を返してから、残りを分割するという形です」

「それは達雄も納得するでしょうか」

「法的強制力はありませんが、話し合いの中で『葬儀は全員のために執り行ったもの』という合理的な説明ができれば、多くの場合は折り合いがつきます」

領収書が命綱

若林先生は最後にこう付け加えた。「葬式費用の債務控除を受けるためには、領収書の保管が不可欠です。お布施や心付けは領収書が出ないことも多いですが、その場合はメモ書きでも金額と日付を記録しておいてください。税務署に説明できる証拠を揃えることが大切です」

久雄は改めて葬儀関係の領収書を整理し、対象外の費用を除いた金額を申告書に記載した。

達雄も最終的には「立替分を遺産から先に返す」という精算案に同意した。葬儀の費用は、誰もが感情的になりやすいタイミングに発生する。だからこそ、法律と税務の基本を事前に知っておくことが、家族の対立を防ぐ最大の備えになる。

学びのボックス葬儀費用と相続税控除のポイント


葬儀費用の負担者は法律で決まっていない日本の民法には葬儀費用の負担者を明確に定めた規定はない。一般的に「喪主が負担する」という慣行があるが、喪主が必ず全額負担すべきという法的根拠はない。
相続税の「債務控除」とは相続財産から一定の費用を差し引いて課税対象を減らす制度。葬儀に関連する費用の一部が「葬式費用」として控除の対象になる(相続税法13条)。
控除できる葬式費用の例通夜・告別式の費用、火葬・埋葬費用、霊柩車・ハイヤー代、お布施・戒名料(相当額の範囲内)、葬儀社への支払い全般。
控除できない費用の例香典返しの費用、墓石・墓地の購入費用、初七日・四十九日などの法事費用(通夜翌日以降の費用)、遺体の飲食接待費用。
相続人間の費用分担誰が実際に負担するかは相続人間の話し合いで決める。喪主が立替えて、後から遺産を分配する際に精算する方法が実務上よく使われる。

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