[相続のお話] タンス預金はなぜ税務署にバレるのか

タンス預金はなぜ税務署にバレるのか

「銀行に預けなければ、税務署にはわからないわよ」

母がそう言っていたのを、長男の広瀬健司(51歳)はよく覚えている。母・広瀬澄子は年金と夫(健司の父)の遺産を少しずつ引き出し、自宅の和室のタンスの引き出しに現金を積み上げていた。「お上に持っていかれるくらいなら、手元に置いておく方がまし」というのが口癖だった。

澄子が他界したのは昨年の秋。遺品整理でタンスを開けると、帯封のついた現金の束が出てきた。総額にして約八百万円。健司は一瞬迷ったが、「申告しなければバレないかもしれない」という母の言葉が頭をよぎった。

しかし税理士の坂上先生は、即座に首を横に振った。

「10年分の口座」を見ている

「タンス預金は、税務署にとって最も調査しやすい財産の一つです」

坂上先生は続けた。「税務署は相続税の申告があった場合、金融機関に照会をかけて過去十年分の預金口座の取引履歴を入手することができます。お母様が毎月いくら引き出していたか、全部記録に残っています」

健司は背筋が冷えた。澄子は最後の五年間、毎月20~30万円を引き出し続けていた。年金収入は月に約12万円。その差額が五年間積み上がれば、数百万円の「説明できない現金」が存在するはずだと、税務署は計算できる。

「生活費として使ったと言えばいいんじゃないですか」と健司はおそるおそる聞いた。

「一人暮らしの高齢女性が毎月20万円以上を現金で消費したと主張するのは、現実的に難しい。税務署は生活費の標準額を把握しています。説明できない差額は、タンス預金とみなされます」

「収支分析」という見えない網

税務署が行うのは出金履歴の分析だけではない。

亡くなった方の生涯収入(給与・年金・事業収入の合計)から推計される「残るはずの財産総額」と、実際に申告された財産との差を検証する「収支分析」も行われる。

「お父様が遺した財産もあったんですよね」と坂上先生は聞いた。健司が答えると、先生は計算した。「お父様の遺産、お母様の年金合計、引き出し金額の合計、申告財産の合計——これらを突き合わせると、800万円規模の空白が生じます。調査に入られれば、まずここを指摘されます」

発覚した場合のリスク

「もし申告しなかった場合、どうなりますか」

「申告漏れが発覚すると、本来の相続税に加えて過少申告加算税が課されます。さらに、意図的な隠蔽と判断された場合は重加算税——不足税額の35%から40%——が課される可能性があります。延滞税も加算されます。隠せば隠すほど、払う金額は増えます」

健司は長い沈黙の後、「正直に申告します」と言った。

母の「節税」は節税ではなかった

修正申告を経て、タンス預金800万円を含めた相続税を納付した。加算税はかからなかった。自ら申告した場合、税務署は一般に加算税の適用を軽減する取り扱いをするからだ。

「お母さんの気持ちはわかる。でも、バレないという前提が間違っていた」と健司は坂上先生に言った。

タンス預金は隠せない。税務署は口座の動きと生涯収支という二つの網を持っている。正しい申告こそが、家族を守る唯一の方法だ。

学びのボックス:タンス預金と税務調査のポイント

タンス預金も相続財産自宅に保管している現金(いわゆるタンス預金)は、銀行口座の残高と同様に相続財産に含まれる。申告しない場合は相続税の申告漏れとなる。
税務署の調査手法①:出金履歴の分析税務署は金融機関に照会し、過去10年分の預金口座の取引履歴を入手できる。出金額の合計と手元現金の整合性が取れない場合、タンス預金の存在が疑われる。
税務署の調査手法②:収支分析亡くなった方の生涯収入・年金・生活費などを推計し、「残るはずの財産」と「申告した財産」の差を検証する。説明できない差額はタンス預金とみなされやすい。
加算税と延滞税のリスク申告漏れが発覚すると、不足税額に加え過少申告加算税(10〜15%)・重加算税(35〜40%)・延滞税が課される。悪意があると認定されると重加算税の対象になる。
正しい申告が最大の防衛タンス預金は金額の多寡にかかわらず申告が必要。相続発生後は税理士とともに手元現金を含めた財産を正確に把握し、申告することがリスク回避の唯一の方法。

この記事を書いた人

souzoku-ad


家族信託・よくあるご質問
家族信託・用語集
このサイトについて
よくあるご質問
用語集
お問い合わせ