『未分割申告』と『申告期限後三年内の特例届出書』で特例を救う方法
谷口修は五十歳。今年の春、七十九歳の父・正が亡くなった。相続人は、八十歳の母・喜代、長男の修、長女の恵の三人。遺産は、自宅の土地と建物、預貯金など、合計で約一億円だった。自宅の土地は、評価額が約四千万円で、建物が約五百万円、預貯金が約五千五百万円。三人は、遺産分割の話し合いを始めたが、すぐに行き詰まった。
争点は、預貯金の分け方だった。恵は、母の介護や父の看病を担ってきたと主張し、多めの取り分を求めた。修は、長男として公平に分けるべきだと言い、譲らなかった。母は、二人の板挟みで、夜も眠れなくなった。父が元気だったころの、家族そろっての食卓を思い出し、涙ぐむ日もあった。気がつくと、相続税の申告期限である、亡くなってから十か月が、目の前に迫っていた。
修は、税理士に相談した。「期限までにまとまりそうにありません。どうすればいいのでしょう」。税理士は、落ち着いて答えた。「期限までに分割が決まらなければ、未分割のまま、法定相続分で、いったん申告と納税をします。これを未分割申告といいます。ただし、一つ大きな注意があります」。
税理士の説明は、こうだ。未分割の状態では、配偶者の税額軽減や、自宅の土地に使える小規模宅地等の特例は、原則として使えない。特例は、原則として、申告期限までに分割された財産にしか適用されないからだ。特例を使わずに計算すると、遺産約一億円のうち、課税遺産総額は五千二百万円。相続税の総額は、約六百三十万円にのぼる。
「では、特例はあきらめるしかないのですか」。税理士は、首を振った。「方法があります。申告書に、申告期限後三年以内の分割見込書を添付して、提出します。申告期限から三年以内に分割が成立すれば、そのときに特例を適用して、更正の請求をすることで、払いすぎた税金の還付を受けられます」。修は、胸をなで下ろした。申告書の作成や、財産の評価の資料集めは、税理士が引き受けてくれた。
三人は、税理士の助言どおり、法定相続分で未分割申告を行った。母が約三百十五万円、修と恵が各約百五十七万円、合計約六百三十万円を、期限内に納付した。分割見込書も、忘れずに添付した。納税のための資金は、預貯金の払戻し制度を利用した。母の気持ちは、少し落ち着いた。納付は終えても、遺産分割は、まだ決着していなかった。三人は、その間も、月に一度は集まって、話し合いを続けた。
それから、約一年半後。弁護士を交えた話し合いの末、ようやく分割が成立した。自宅は母が取得し、預貯金も、母に約二千百万円、修と恵に各約千七百万円ずつという内容になった。分割が成立した日の翌日から四か月以内に、更正の請求を行うため、税理士が書類を整えた。
結果、小規模宅地等の特例で、土地の評価額は約八百万円に下がった。配偶者の税額軽減も適用され、母の税額はゼロになった。相続税の総額は約二百万円となり、還付を受けた総額は約五百三十万円。もし、分割見込書を出し忘れていたら、この還付は、受けられなかった。更正の請求は、期限を過ぎると認められないため、修は、書類の提出日を何度も確認した。
なお、三年以内にもまとまらない場合は、やむを得ない事由がある旨の承認申請書を、期限までに出す方法がある。修は、いま、友人にこう話している。「分割がまとまらなくても、期限は動かない。まず申告して、分割見込書を添える。それが、特例を守る鍵だった」。
学びのボックス
| 未分割申告とは | 申告期限(10か月以内)までに遺産分割がまとまらない場合、法定相続分で仮に相続税を計算し、申告・納付する手続き。 |
| 未分割で使えない特例 | 配偶者の税額軽減と小規模宅地等の特例は、原則として申告期限までに分割された財産にしか適用されない。未分割申告では特例なしで納税する。 |
| 分割見込書の添付 | 申告書に「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付し、3年以内に分割が成立すれば、特例を適用して更正の請求ができる。 |
| 更正の請求と還付 | 分割成立の翌日から4か月以内に更正の請求を行う。払いすぎた相続税の還付を受けられる。例では総額約630万円から約200万円へ。 |
| 3年を超える場合 | 訴訟中などやむを得ない事由があるときは、承認申請書を提出して期限を延ばせる。預貯金の払戻し制度も活用する。 |
