『不在者財産管理人』行方不明の相続人がいる場合の遺産分割協議[相続のお話]

『不在者財産管理人』行方不明の相続人がいる場合の遺産分割協議

川村隆は六十歳。八十七歳で亡くなった母の自宅の名義変更を進めようとして、行き詰まっていた。父はすでに他界しており、相続人は三人。隆、姉の幸子、そして弟の修司だ。修司は、二十五年前に仕事のトラブルで家を出て以来、連絡が途絶えたままだった。住所も、電話番号も、誰も知らない。母の葬儀にも、修司は姿を見せなかった。

母の遺産は、自宅が約二千四百万円、預貯金が約千二百万円。法定相続分は、三人で各約千二百万円。遺産分割協議は、相続人全員の合意が必要で、一人でも欠ければ無効になる。修司を除いて、二人で決めることはできなかった。登記も、銀行の手続きも、止まってしまった。

隆は、まず修司の手がかりを探した。戸籍の附票を取り寄せ、最後の住所を調べて、手紙を出した。宛先不明で返ってきた。住民票は、すでに職権で消除されていた。警察にも相談したが、成人が自分の意思で出ていった場合、積極的な捜索は難しいと言われた。幸子と二人で、思い当たる友人や親戚に連絡したが、誰も居場所を知らなかった。親戚の集まりでも、修司の名前は、いつしか誰も口にしなくなっていた。

困り果てた隆は、司法書士に相談した。司法書士は、一つの方法を示した。「家庭裁判所に、不在者財産管理人の選任を申し立てる方法があります。行方不明で、すぐには戻る見込みがない人の財産を、裁判所が選んだ管理人が管理する制度です。管理人は、弁護士や司法書士などの専門家が選ばれるのが一般的で、修司さんの代わりに、遺産分割協議に参加できます」。

申立てができるのは、利害関係人。隆と幸子は、相続人として、これにあたる。申立ては、修司の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に行う。申立書には、行方不明になった経緯や、探した記録、戸籍の附票、財産の資料を添えた。書類を一枚ずつそろえながら、隆は、弟が今どこにいるのかを思った。裁判所に、管理にかかる費用として、予納金を納める必要もあった。金額は事案により異なる。隆たちの場合は、約五十万円だった。

約二か月後、裁判所は、弁護士の岡本さんを、不在者財産管理人に選任した。岡本さんは、まず修司の財産を調査し、改めて修司の行方を探したが、見つからなかった。「分割協議に参加するには、裁判所の許可が必要です。許可を得るには、修司さんの利益を守る内容でなければなりません」。岡本さんの説明は、明確だった。弟に不利にならないかと案じていた隆も、その説明で納得できた。

岡本さんが重視したのは、修司の取り分だった。原則、法定相続分にあたる約千二百万円を、確保することが求められた。隆たちは、協議案を作った。隆が自宅を取得し、預貯金約千二百万円を、幸子と修司に各約六百万円。さらに、隆が代償金として、幸子と修司に各約六百万円を支払う。修司の取り分は、合計約千二百万円になった。

岡本さんは、案が修司の利益を害さないと判断し、裁判所に、遺産分割協議に参加するための許可を申し立てた。許可が出たあと、三人、つまり隆、幸子、管理人の岡本さんが、協議書に署名した。銀行と登記の手続きは、そこから一気に進んだ。ここまで、申立てから約八か月かかった。

修司の取り分は、岡本さんが、引き続き管理している。修司が戻れば引き渡され、戻らなければ、失踪宣告などの手続きに進むことになる。隆は、今、こう話している。連絡が取れない相続人がいても、あきらめず、専門家に相談すること。調べた記録を残すこと。母の遺産の整理は、遠い弟への思いも整理する時間に、なったという。

学びのボックス

不在者財産管理人とは行方不明で戻る見込みがない人の財産を、家庭裁判所が選任した管理人が管理する制度。弁護士や司法書士などの専門家が選ばれるのが一般的。
申立てができる人相続人などの利害関係人。不在者の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に申し立てる。探した記録や戸籍の附票などの資料を添える。
予納金と期間の目安管理費用として予納金を納める場合がある。金額や期間は事案により異なり、選任まで数か月かかることもあるため、早めに相談したい。
権限外行為の許可管理人が遺産分割協議に参加するには、家庭裁判所の許可が必要。不在者の利益を守る内容、原則として法定相続分の確保が求められる。
失踪宣告という別の道長期間生死が不明な場合は、失踪宣告を申し立てる方法もある。どちらが適切かは事情によるため、専門家に確認しておきたい。

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