『認知症の親の口座凍結』を防ぐ!銀行の「代理人指名制度」と注意点[相続のお話]

『認知症の親の口座凍結』を防ぐ!銀行の「代理人指名制度」と注意点

村上美和は五十二歳。八十歳の父、勝治さんは、母を亡くしてから、一人で実家に暮らしている。最近、同じ話を繰り返すことが増え、病院で軽い認知症の疑いがあると言われた。診断はまだ確定していないが、美和は、お金の備えを急ごうと決めた。美和の頭に浮かんだのは、先月、友人から聞いた話だった。

友人の母親は認知症と分かり、銀行に伝えたところ、口座からお金が引き出せなくなった。入院費や介護費用は、友人が自分のお金で立て替えたそうだ。「親のお金なのに、家族でも引き出せなかったの」。その言葉が、美和は忘れられなかった。父が急に入院することになれば、同じことが起きるかもしれない。

調べてみると、認知症になったことだけで、口座が自動的に凍結されるわけではなかった。ただ、銀行が本人の判断能力の低下を知れば、窓口での取引を止めることが多いと考えられている。本人の意思が確認できない取引は、あとでトラブルになるおそれがあるからだ。美和は、ほっとする反面、備えの遅れが怖くなった。

美和は、勝治さんが元気なうちにと考え、取引銀行に相談した。窓口の担当者は、代理人指名の制度を説明してくれた。本人があらかじめ家族を代理人に指名しておくと、判断能力が低下したあとも、その代理人が、医療費や介護費用などの目的で、お金を引き出せるというものだ。手続きに必要な書類や、本人確認の方法も、担当者は一つずつ説明してくれた。

ただし、どの銀行にもある制度ではなく、内容も銀行によって違う。代理人にできるのは親族に限られ、引出しは医療費や施設費の支払いなど、使い道が決められている。月の上限額を設ける銀行もあり、領収書や請求書の提出を求められることもある。美和が相談した銀行では、本人がきちんと意思を示せる状態でなければ、指名できなかった。

数日後、勝治さんと一緒に窓口を訪れた。担当者は、勝治さんに、代理人を美和にしてよいかを、ゆっくり尋ねた。勝治さんは、少し考えて、「美和に任せたい」とはっきり答えた。預金は約千八百万円。介護施設に入ると、月に約二十二万円かかる見込みだ。この制度があれば、その費用の支払いに困ることは、なさそうだった。帰り道、勝治さんは、通帳や印鑑の置き場所も、美和に教えてくれた。

担当者は、制度の限界も教えてくれた。代理人は、預金の引出しを、本人のために行えるだけで、不動産の売却や契約など、財産全般を管理する権限はない。また、勝治さんが亡くなって銀行が知れば、口座は相続手続きのために止まり、代理人の役割も終わる。

そこで美和は、司法書士にも相談した。財産管理を広く任せたい場合は、元気なうちに家族信託や任意後見契約を結ぶ方法がある。信託銀行などが扱う口座管理型の信託商品も、選択肢のひとつだという。ただ、費用や条件はそれぞれ異なるため、父の財産や家族の状況に合わせて選ぶ必要がある。司法書士は、判断能力が衰える前ほど、選べる手段が多いと話した。

美和は、引き出したお金の使い道を、家計簿のように記録し、領収書も保管している。勝治さんの預金は、勝治さんのためにだけ使う。それが、きょうだいとの相続の話し合いで、疑われないための備えにもなる。美和は、弟にも、状況を書面で報告している。

「元気なうちに話しておいてよかった」。勝治さんは、窓口を出たとき、そう言って笑った。親の口座の備えは、親が元気なうちにしか、始められない。美和は今、そう感じている。

学びのボックス

口座凍結のしくみ認知症の診断だけで自動的に凍結されるわけではない。銀行が判断能力の低下を知ると、取引を制限することが多いと考えられている。
代理人指名の制度本人が元気なうちに家族を代理人に指名しておくと、判断能力が低下した後も、医療費や介護費用などの目的で引出しができる銀行がある。
銀行ごとに異なる条件制度の有無や、代理人の範囲、使い道、月の上限額、領収書の提出などは銀行により違う。本人が意思を示せる間に手続きが必要。
制度の限界代理人ができるのは預金の引出しが中心で、不動産売却などの財産管理権限はない。本人が亡くなれば口座は相続手続きのために止まる。
ほかの備えと記録家族信託、任意後見、信託銀行の口座管理型商品などの選択肢がある。引出しの記録と領収書は保管し、専門家へ早めに相談したい。

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