『小規模宅地等の特例』老人ホーム入所中の実家適用ルールと介護要件
田中誠は五十六歳。三年前から、八十六歳の父は特別養護老人ホームで暮らしていた。認知症が進み、要介護四の認定を受けている。母はすでに他界し、父が一人で暮らしていた実家は、入所後、空き家になっていた。先月、父が老人ホームで静かに息を引き取った。
相続人は、誠と、妹の美紀の二人。遺産は、実家の土地が評価額で約四千万円、預貯金が約三千万円、合わせて約七千万円。誠は賃貸マンションで暮らしている。美紀は、結婚して、夫名義の持ち家に住んでいた。
誠は、実家の相続税が気になった。空き家になった実家は、売るかどうかも決めかねていた。基礎控除は、三千万円に、六百万円に相続人の数をかけた額を足した、四千二百万円。遺産が七千万円なら、基礎控除を超える。税理士の山口さんに相談すると、「小規模宅地等の特例が使えるか、確認しましょう」と言われた。誠は、初めて聞く制度に、身を乗り出した。
この特例は、亡くなった人が住んでいた土地について、一定の要件を満たせば、評価額を最大八割減らせる。ただし、父は亡くなる三年前から、老人ホームにいた。自宅に住んでいないのに、使えるのだろうか。
山口さんは、老人ホームに入所していた場合の取扱いを説明した。一定の要件を満たせば、入所前に住んでいた自宅を、亡くなる直前まで住んでいた自宅として扱えると考えられている。要件は、主に三つ。一つ目は、相続開始の直前に、要介護認定などを受けていたこと。二つ目は、入所した施設が、介護保険法などで定められた老人ホームなど、特定の施設であること。三つ目は、入所後に、自宅を事業や貸付けに使ったり、被相続人と生計を一にしない親族以外に住まわせたりしていないこと。
父は要介護四の認定を受けており、特別養護老人ホームに入所していた。自宅は、空き家のままで、貸してもいなかった。三つの要件は、満たしていそうだった。誠は、入所の時期や認定の記録を、あらためて確認した。
「ただし、もう一つ大切な点があります」と、山口さんは続けた。「誰が土地を取得するかです」。配偶者はいない。父と同居していた親族もいない。この場合、特例が使えるのは、一定の要件を満たす別居の親族。たとえば、相続開始前三年以内に、自分や配偶者の持ち家に住んでいなかった人だ。
誠は賃貸暮らしで、条件に当てはまった。一方、美紀は、夫名義の持ち家に住んでいるため、取得しても使えない可能性が高い。話し合いの結果、誠が実家の土地を取得し、美紀が預貯金を多めに受け取ることで、合意した。遺産分割協議書にも、この内容を、きちんと記した。特例は、遺産の分け方が決まっていることが前提になるためだ。
特例を使えば、土地の評価額は約四千万円から約八百万円に下がる。遺産は約三千八百万円となり、基礎控除の範囲内に収まる。特例を使わない場合は、相続税が約三百二十万円かかる計算だった。
ただし、特例は、申告をしなければ使えない。誠は、相続税の申告期限までに、介護保険の被保険者証の写しや、施設の入所契約書など、必要な書類をそろえて、申告した。山口さんは、「この特例は、書類の準備が大切です」と、何度も念を押した。誠が自宅を取得したあと、申告期限まで保有することも、要件の一つだった。
誠は今、こう思っている。老人ホームに入っても、自宅の特例が受けられる場合がある。ただし、取得する人の条件で結果が変わる。早めに税理士へ相談してよかった、と。
学びのボックス
| 老人ホーム入所中の自宅 | 一定の要件を満たせば、入所前の自宅を亡くなる直前まで住んでいた自宅として扱えると考えられている。減額割合は、特定居住用宅地等で最大8割。 |
| 主な要件 | 相続開始直前に要介護認定などを受けていたこと、特定の施設に入所していたこと、入所後に事業・貸付けなどに使っていないことなど。 |
| 取得する人の条件 | 配偶者や同居親族がいない場合、別居親族は、相続開始前3年以内に自分や配偶者の持ち家に住んでいないことなどが必要。 |
| 申告と保有の条件 | 特例は申告をしないと使えない。遺産分割が済んでいることや、申告期限までの保有も要件。介護保険証の写し等を準備する。 |
| 早めの専門家確認 | 要件は細かく、少しの違いで結果が変わる。入所前の状況や取得者の持ち家の有無を整理し、税理士に確認したい。 |
