[相続のお話] 国際相続:アメリカに住む妹への送金

国際相続:アメリカに住む妹への送金

母が他界してから三ヶ月、長男の森田賢一(56歳)はようやく実家の売却先を決めた。

埼玉県郊外の一戸建て。査定額は四千二百万円。相続人は賢一と、二十年前にカリフォルニア州へ渡りそのまま永住した妹・佐智子(51歳)の二人だ。

遺産分割協議では、不動産は賢一が単独売却し、売却代金から費用を差し引いた純額を均等に分ける方針で合意した。電話口の佐智子はあっさり承諾した。「細かいことはお兄ちゃんに任せるよ」

しかし、その「細かいこと」が想像をはるかに超えていた。

最初の壁——サイン証明

遺産分割協議書を作成したところ、税理士の吉野先生から指摘が入った。「佐智子さんは海外在住ですから、実印と印鑑証明書の代わりに『サイン証明』が必要です」

サイン証明とは、在外公館(日本大使館・領事館)や現地の公証人が署名を公証した書類だ。佐智子はロサンゼルス総領事館へ予約を入れたが、最短の空きは六週間後。売却スケジュールを一ヶ月以上後ろ倒しにせざるを得なかった。

「こんなに時間がかかるとは……」と賢一は電話口でため息をついた。

二つの国の税金

不動産の売却が完了したのは、母の命日から半年後のことだった。

日本側では相続税の申告を終えていた。被相続人(母)が日本国内に住所を持っていたため、国内財産はすべて日本の相続税の対象だ。佐智子の取り分に対しても、日本での相続税申告に佐智子の氏名が記載された。

しかしここで新たな問題が浮上した。佐智子から「アメリカでも税金の申告が必要と言われた」と連絡が来たのだ。米国永住権(グリーンカード)保有者は、海外から受け取った遺産についてIRS(米国税務署)への申告義務が生じる場合がある。日米租税条約により二重課税は軽減されるものの、現地のCPA(公認会計士)への相談が急務となった。

銀行が送金を止めた

佐智子への送金額は一千九百万円超。賢一はメガバンクの窓口で国際送金の手続きを申し込んだ。

しかし窓口担当者から書類の山を要求された。遺産分割協議書、相続税申告書の写し、不動産売買契約書、佐智子との関係を示す戸籍謄本、さらに「資金の出所を説明する書面」まで求められた。マネーロンダリング対策の強化で、多額の国際送金には厳格な審査が課せられるようになっていた。

書類の準備に二週間。銀行の内部審査にさらに一週間。それでも最終的に送金は無事に完了した。

国境を越えた相続の現実

送金完了の通知を受けた佐智子から、深夜にメッセージが届いた。「受け取ったよ。お兄ちゃん、本当にありがとう。お母さんも喜んでると思う」

賢一は画面を見つめながら、この半年を振り返った。サイン証明、二カ国の税申告、銀行審査——どれひとつとして予想していなかった手続きだった。

国際相続は、国内相続の延長線上にはない。早い段階で日米双方の専門家をつなぎ、時間的余裕を持って動くことが、何より大切だと賢一は痛感した。

学びのボックス:国際相続のポイント

日本の相続税の管轄相続人が海外在住でも、被相続人(亡くなった方)が日本国内に住所があれば、国内財産は原則として日本の相続税の対象になる。
アメリカの相続税・贈与税米国市民・グリーンカード保有者は、日本から受け取った遺産についてIRS(米国税務署)への申告義務が生じる場合がある。日米租税条約も参照。
サイン証明とは在外公館(日本大使館・領事館)や米国公証人(Notary Public)が署名を公証する書類。海外在住相続人の遺産分割協議書に必要。
海外送金の銀行審査マネーロンダリング対策強化により、多額の国際送金には遺産分割協議書・相続税申告書・売買契約書など多数の書類提出を求められる。
専門家の国際連携国際相続では日本の税理士・弁護士に加え、現地(米国)の税務専門家(CPA等)との連携が不可欠。早期に双方を起用することが重要。

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