[相続のお話]畑を継いだ会社員――農地法の壁と、相続登記義務化という新たな宿題

畑を継いだ会社員――農地法の壁と、相続登記義務化という新たな宿題

中村大輔(なかむらだいすけ)、四十三歳。東京のIT企業で働く、典型的な会社員だ。実家は新潟の農村にあり、父が亡くなるまで広大な田畑を一人で守ってきた。

葬儀を終えてしばらくした頃、実家の整理に帰省した大輔は、父の遺品の中から古い土地台帳を見つけた。記載された地番をたどると、田んぼと畑だけで二町歩(約二ヘクタール)近くある。

(こんなに広い土地、自分にはどうしようもない……)

大輔は東京暮らしで、農業をする気はない。とはいえ売るなり貸すなり、何かしたいと考え、地元の不動産業者に相談に行った。ところが、業者の返答は予想外だった。

「中村さん、これは農地ですから、私たちでは売買のお手伝いができません。農業委員会の許可が必要になります」

大輔は初めて「農地法」という言葉の重さを知った。農地は宅地と違い、自由に売買・転用ができない。農地のまま売る場合は農地法第三条に基づき、買主が農業を営む者であることなど一定の条件を満たし、農業委員会の許可を得る必要がある。宅地などに転用して売る場合は、農地法第五条に基づく許可(市街化区域内なら届出)が必要になる。

「自分が継いだ農地を、農業をやらない自分が自由にできないってことですか」と大輔が尋ねると、農業委員会の担当者は説明した。「そうです。優良な農地を守るための制度ですから。賃借という形で、地元の農家に貸す方法もありますよ」

大輔はひとまず、知り合いの農家に頼んで一部を借りてもらう方向で話を進めることにした。しかし、もう一つの問題が頭をよぎった。

(相続登記、まだしていない……)

令和六年(二〇二四年)四月一日から、相続登記の申請が義務化されたことを、大輔はニュースで見た記憶があった。慌てて調べると、相続によって不動産を取得した人は、相続の開始(被相続人の死亡)と、その不動産の取得を知った日から三年以内に、相続登記を申請しなければならない。

正当な理由なく申請を怠った場合、十万円以下の罰金(正確には過料)が科される可能性がある。さらに、令和六年四月一日より前に発生した相続についても、この義務化の対象になる。経過措置として、施行日または相続を知った日のいずれか遅い日から三年以内が期限とされている。

「父が死んだのは去年だから、まだ猶予はある。でも、忘れていたら大変なことになっていた」

大輔は司法書士に依頼し、相続登記の手続きを進めることにした。同時に、こんな話も聞いた。

「もし将来、農地の活用がどうしても難しいということであれば、『相続土地国庫帰属制度』という選択肢もあります。一定の要件を満たせば、不要な土地を国に引き渡せる制度です」

ただし、この制度にも条件がある。境界が明確で、建物や工作物がなく、担保権が設定されていないことなど、いくつもの要件を満たす必要があり、審査料や十年分の管理費相当額の負担金も発生する。すべての農地が対象になるとは限らない。

大輔はひとまず、賃借での活用と相続登記を優先することにした。先祖が守ってきた田畑を、すぐに手放す決断はまだできなかった。

帰りの新幹線で、大輔は車窓から広がる田んぼを眺めた。自分が継いだ土地の意味を、もう少し考えてみようと思った。

学びのボックス:農地の相続と相続登記義務化

農地法の規制農地のまま売買する場合は農地法3条の許可、転用して売る場合は同法5条の許可(市街化区域内は届出)が必要。農業委員会が窓口。
活用の選択肢①農地のまま地元農家に賃借 
②転用許可を得て売却・活用 
③相続土地国庫帰属制度の検討
相続登記の義務化2024年4月1日施行。
相続開始と不動産取得を知った日から3年以内に登記申請が必要。
経過措置2024年4月1日より前の相続も対象。
施行日または相続を知った日のいずれか遅い日から3年以内が期限。
罰則正当な理由なく申請を怠ると10万円以下の過料が科される可能性がある。
国庫帰属制度境界明確・建物なし・担保権なしなど要件あり。審査料と10年分相当の管理費負担金が必要。全ての農地が対象とは限らない。





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