数次相続:手続き中にまた誰かが…
祖父・村田正雄が亡くなったのは、桜が散りかけた四月のことだった。
孫の村田健斗(三十八歳)は、その日から相続手続きという名の迷路に足を踏み入れた。
正雄には三人の子がいた。長男の克己(健斗の父)、次男の修司、長女の和子だ。遺産は郊外の一戸建てと少額の預金。特段もめる要素もないはずだった。
■突然の訃報が、すべてを変えた
相続開始から三ヶ月が経ち、ようやく不動産の評価が出そろったころ、健斗の元に一本の電話が入った。父・克己が急性心筋梗塞で倒れ、そのまま帰らぬ人となったのだ。
「どうなるんだろう……」
健斗は茫然と天井を見上げた。祖父の相続がまだ終わっていないのに、今度は父の相続が始まる。二つの相続が重なり合うこの状態を「数次相続」という。
■突然広がる「相続人」の輪
司法書士の桑田先生に相談したところ、思わぬ事実を告げられた。
「お祖父様の遺産分割協議は、まだ成立していませんよね。お父様が亡くなられた以上、お父様の相続人であるご遺族全員が、今度はお祖父様の協議にも参加しなければなりません」
健斗の頭が混乱した。克己の相続人は、妻の由美子と子の健斗・妹の彩香。つまり、祖父の遺産分割協議に、今や母や妹まで加わることになる。
さらに、修司叔父と和子叔母、そしてその子供たち(従兄弟)も元から協議メンバーだ。気がつけば、テーブルを囲む顔は一気に八人に膨れ上がっていた。
■協議書の「二段構え」という作法
「協議書はどう書けばいいんですか?」と健斗が尋ねると、桑田先生は丁寧に説明してくれた。
「数次相続の場合、遺産分割協議書は第一次相続(お祖父様の分)と第二次相続(お父様の分)を明確に分けて作成します。それぞれの相続に対して、対象となる相続人全員の署名・実印が必要です」
第一次相続の協議書には、修司・和子・そして克己の地位を引き継いだ由美子・健斗・彩香の計五名が署名する。第二次相続の協議書は、克己の固有財産について由美子・健斗・彩香の三名が協議する。
「不動産の登記については、一定の条件を満たせば祖父から直接健斗さん名義へ移転できる『中間省略』の手続きも使えます。ただし全員の同意が前提です」
■協議を前に進めるために
修司叔父は当初、「手続きが複雑すぎてよくわからない」と難色を示した。和子叔母は感情的になる場面もあった。それでも健斗は粘り強く連絡を取り続け、桑田先生の調整もあって、四ヶ月後にようやく全員の合意にこぎつけた。
協議書に押印を終えた夜、健斗は仏壇の前に座った。
「おじいちゃん、やっと終わったよ。父さんの分も、ちゃんと守ったから」
数次相続は、複雑ではある。しかし、一つひとつの手順を丁寧に踏めば、必ず着地できる。大切なのは、早めに専門家を頼り、関係者全員と誠実に向き合うことだ。
学びのボックス:数次相続のポイント
| 学びのボックス:数次相続のポイント | |
| 数次相続とは | 相続手続きが完了しないうちに相続人が死亡し、さらに相続が発生した状態。 |
| 中間省略登記 | 祖父→父→自分と2段階で相続が起きた場合、一定条件下で祖父から自分への直接移転登記が可能。 |
| 遺産分割協議書の書き方 | 第一次相続(祖父分)と第二次相続(父分)を分けて記載し、それぞれの相続人全員が署名・捺印する。 |
| 相続人の確定 | 数次相続では祖父の相続人に加え、父の相続人(叔父・叔母・従兄弟など)も協議に参加が必要。 |
| 専門家への相談 | 相続関係が複雑化するため、司法書士・弁護士・税理士への早期相談が手続きの迅速化につながる。 |
