[相続のお話] 遺産分割協議がまとまらない

遺産分割協議がまとまらない

松井和夫(56歳)は、父の死から四ヶ月が経っても、弟の達也(52歳)と話し合いが前に進まずにいた。顔を合わせるたびに言葉が尖り、そのたびに気まずさが積み重なっていった。子どもの頃は仲のよかった兄弟が、父の死をきっかけにこれほどぎこちなくなるとは思っていなかった。

父の遺産は実家の土地と建物、それから預貯金が二百万円ほどだった。法定相続分は兄弟で二分の一ずつ。もめる要素などないと思っていた。

問題は実家の扱いだった。和夫は「売って現金で分けよう」と主張した。達也は「俺はここに住み続けたい。売るつもりはない」と言い張った。どちらも譲らず、話し合いのたびに同じ言葉が繰り返された。

母は三年前に他界しており、相続人は和夫と達也の二人だけだ。遺言書はなかった。二人が合意しない限り、遺産分割協議書は作れない。不動産の名義変更も、預金口座の解約も、何一つ前に進まなかった。

弁護士に相談すると、まず遺産分割の仕組みを整理してもらえた。遺産分割協議は相続人全員の合意によって成立する。一人でも反対すると協議書は作れない。話し合いで解決できない場合は、家庭裁判所の調停に進む。

調停とは、家庭裁判所の調停委員が中立の立場で間に入り、双方から事情を聞きながら合意を目指す手続きだ。費用は数千円程度と安く、弁護士なしでも申し立てられる。ただし、解決までに半年から一年以上かかることも珍しくない。調停でも合意できなかった場合は審判に移行し、裁判官が証拠と事情をもとに遺産の分け方を決定する。当事者の意向よりも法律的な判断が優先されるため、双方にとって望まない結果になることもある。

弁護士は代償分割という方法も教えてくれた。不動産を取得した一方が、相手方に現金で相当額を支払う方法だ。達也が家に住み続けたいなら、和夫に代償金を支払う形が一つの解決策になる。また、共有にする方法もあるが、売却や改修に全員の同意が必要になるなど、将来的なトラブルの火種になりやすいためお勧めしない。

「遺産分割を放置し続けるとどんな問題が起きますか」と和夫は聞いた。名義が亡くなった父のままになり続け、売却も担保設定もできなくなる。また、相続人の誰かが亡くなるたびに新たな相続が発生し、関係者が増え続ける「数次相続」という問題も生じる。早めに解決することが、双方にとって得策だという答えが返ってきた。

和夫は達也にこの情報を伝えた。「裁判になったら、どちらも望まない結果になるかもしれない」という言葉が、達也の態度を変えた。「わかった。代償金を工面できれば、その方法でいい」と達也は言った。

不動産の評価額が算定され、達也が和夫に支払う代償金の額が決まった。達也は銀行でローンを組み、合意が成立した。遺産分割協議書に二人で署名した日、和夫は肩の荷が下りた気がした。

相続の話し合いは感情が絡み合い、停滞しやすい。でも選択肢を知り、専門家を間に入れることで、膠着状態は動き出しはじめる。

この記事で学べること



遺産分割協議は相続人全員の合意が必要です。まとまらない場合は「調停」、それでも解決しなければ「審判」に移行します。放置すると数次相続で手続きが複雑化します。代償分割など選択肢を知っておくことが解決の糸口になります。

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