『一般社団法人』を使った節税の光と影
「一般社団法人を使えば、財産を次世代に引き継ぎながら相続税がかからない——そう聞いていたのに」
税務調査の通知を受け取った久保田俊夫(六十八歳)は、顧問税理士の高田先生に電話しながら声を震わせた。
久保田家は関東近郊に複数の不動産を持つ資産家だ。数年前、別の税理士から「一般社団法人スキーム」を勧められ、一族が所有する賃貸不動産の大半を「一般社団法人久保田資産管理センター」に移管していた。理事は俊夫・妻・長男の三名。「持分がない社団法人なら、俊夫さんが亡くなっても法人の財産は相続税の対象にならない」——そう説明を受けていた。
スキームの「前提」が崩れた
高田先生は資料を確認しながら言った。「俊夫さん、このスキームの設計は二〇一七年以前の法律を前提にしたものです。その年の税制改正で、一定の一般社団法人については相続税の課税規定が新設されました」
「改正されていたんですか。聞いていませんでした」
「二〇一七年の改正で、同族理事が過半数を占める一般社団法人の理事が死亡した場合、法人が保有する純資産のうち一定割合を『みなし相続財産』として相続税の課税対象にする規定が導入されました(相続税法六六条の二)。今回の調査は、お父様が昨年お亡くなりになった際、この規定が適用されるという指摘です」
「俊夫さんは今もご健在ですが、理事を務めていたお父様が亡くなられた際の相続が調査対象になっています。理事の過半数が同族——俊夫さん・奥様・息子さん——で占められている以上、この法人は規制の対象です」
「同族支配」という鍵概念
「同族かどうかが問題になるんですか」と俊夫は尋ねた。
「そうです。相続税法は、被相続人・その配偶者・三親等内親族が理事の過半数を占める一般社団法人を『同族支配法人』とみなし、課税の対象にします。家族だけで運営する法人に財産を移しても節税にならない、という趣旨です」
「では、家族以外の理事を入れれば問題なかったんですか」
「それだけでは不十分です。理事の構成を形式的に変えても、実質的な支配が同族のままであれば否認されるリスクがあります。さらに二〇二三年の改正で、過去の移管財産への遡及的な課税強化も図られており、スキームとしての有効性はほぼ封じられた状態です」
本来の一般社団法人の使い方
「では、一般社団法人は使えないんですか」と俊夫は疲れた声で聞いた。
「節税だけを目的とした同族支配のスキームは、規制対象になります。しかし一般社団法人本来の用途——業界団体の運営、地域の公益活動、非営利目的の資産管理——は引き続き有効に活用できます。問題はあくまで『相続税回避を目的とした同族支配』の構造です」
「結果的に、払わなくていいはずの相続税を払うことになるわけですね」
「現時点では、追徴税額と延滞税の見込みを試算中です。いずれにせよ、設計の段階で最新の税制を確認せずにスキームを導入したことが根本的な問題でした」
「抜け道」は長続きしない
税務調査は半年にわたった。最終的に俊夫は追徴税額と延滞税を合わせた相当額を納付することになった。節税のために移管した財産が、かえって税務リスクを高める結果になった。
「知っていればこんな形にしなかった」と俊夫は後日高田先生に言った。
「税制は生き物です」と高田先生は答えた。「租税回避の手法が広まると、当局は必ず対応します。一時的に有効でも、数年後には規制される——それが繰り返される歴史です。節税は正当な方法で、最新の法律に沿って設計するしかありません」
一般社団法人スキームの光と影は、「法律の今」を知らずに動くことの危うさを教えてくれる。資産防衛は、常に現在の法律を専門家とともに確認するところから始まる。
学びのボックス:一般社団法人と相続税規制のポイント
| 一般社団法人への資産移転の仕組み | 一般社団法人は株式会社と異なり「持分」がないため、財産を社団法人に移しても相続時に法人の財産が相続税の対象にならないとされてきた。これを利用した節税スキームが広まった。 |
| 2017年・2023年の税制改正 | 2017年の改正で、同族理事が過半数を占める一般社団法人の理事が死亡した場合、一定の財産を「みなし相続財産」として課税する規定が導入された。さらに2023年改正で課税強化が図られた。 |
| 「同族支配」が問われる | 理事の過半数が同一族(被相続人・配偶者・3親等内親族)で占められている法人が課税対象になる。一族で法人を支配しつつ相続税を回避しようとする行為が規制された。 |
| 正当な一般社団法人の活用 | 一般社団法人はNPO・業界団体・地域活動など本来の目的で活用される場合は節税規制の対象にならない。問題になるのは「節税だけを目的とした同族支配」のケース。 |
| 専門家との正しい設計が不可欠 | 一般社団法人を使った資産管理は、税務上の要件・法人の実態・理事構成などを専門家(税理士・弁護士)と慎重に設計する必要がある。制度の抜け道を狙った設計は税務当局に否認されるリスクがある。 |
