『相続放棄』しても『管理責任』は残る?保存義務の新ルール[相続のお話]

『相続放棄』しても『管理責任』は残る?保存義務の新ルール


【民法改正実務:相続放棄後の管理義務と保存責任】現に占有していた者に課される保存義務と相続財産清算人の選任手続き

坂本浩一の父は、消費者金融からの借金を多く抱えたまま亡くなった。相続人は浩一と、遠方に住む妹の由美の二人。財産よりも借金の方が明らかに多いことが分かり、二人は家庭裁判所に相続放棄を申述し、無事に受理された。浩一は「これで父の借金からは解放された」と、ひとまず胸をなで下ろしていた。実家の片付けもそこそこに、これで一区切りついたと考え、日常に戻っていた。

ところが半年ほど経ったころ、浩一のもとに市役所から連絡が入った。「お父様が住んでいたご実家が老朽化して、屋根の一部が崩落しかけています。近隣の方から、倒壊の危険があると苦情が寄せられています」。浩一は困惑した。相続放棄をしたのだから、もうあの家とは無関係のはずだと思っていたからだ。

弁護士に相談すると、思いがけない事実を告げられた。「令和五年の民法改正により、相続放棄をした人の管理義務についてのルールが整理されました。改正前は、放棄した人全員に管理義務があるとも読める曖昧な条文でしたが、改正後の規定では、相続放棄の時点で相続財産を『現に占有していた』人だけが、次の相続人や相続財産清算人に引き渡すまでの間、自分の財産と同じ程度の注意をもって、その財産を保存する義務を負うとされています」。

浩一は青ざめた。実は、父が亡くなる直前まで、浩一自身がこの実家に同居して父の世話をしていたのだ。「浩一さんは、相続放棄の時点で実家を現に占有していたことになりますので、この保存義務の対象になります。妹さんは同居しておらず、実家を占有していなかったので、義務を負うのは浩一さんだけということになります」。弁護士の説明に、浩一は「放棄すれば完全に無関係になれる」という自分の理解が誤っていたことを思い知った。同居していたという、ただそれだけの事実が、これほど重い責任につながるとは想像もしていなかった。

「ではこの先、いつまでこの義務を負い続けなければならないのでしょうか」と浩一が尋ねると、弁護士は続けた。「相続人が全員相続放棄をして、相続財産を管理する人が誰もいなくなった場合、家庭裁判所に申し立てて『相続財産清算人』を選任してもらうことができます。清算人が選任され、実家を引き渡せば、浩一さんの保存義務もそこで終了します」。

浩一は弁護士のサポートを受けながら、家庭裁判所に相続財産清算人の選任を申し立てた。選任までには数か月を要したが、その間、浩一は最低限の応急措置として、崩落しかけていた屋根にブルーシートをかけるなどの対応を行った。放置すればさらに近隣とのトラブルが深刻化しかねないと考え、費用を負担してでも最低限の手当てをしておく必要があると判断したのだ。近隣住民への説明にも足を運び、対応を進めていることを丁寧に伝えることで、苦情がそれ以上広がることも防ぐことができた。選任された清算人に実家を正式に引き渡した時点で、浩一の保存義務はようやく終了した。

この経験を通じて浩一は、「相続放棄をすれば一切の責任から解放される」という思い込みが、必ずしも正しくないことを学んだ。実際に財産を占有していた場合には、放棄後も一定の保存義務が続くこと、そしてその義務を終わらせるためには、相続財産清算人の選任という手続きが必要になることを、浩一は身をもって理解した。妹の由美にもこの経緯を伝えると、「知らなかった、教えてくれてありがとう」と、驚きながらも感謝の言葉を口にしてくれた。

学びのボックス

相続放棄後の保存義務とは令和5年民法改正により、相続放棄の時点で相続財産を「現に占有していた」者だけが、引渡しまでの間、自己の財産と同一の注意で保存する義務を負うと整理された。
占有していない相続人は対象外同居せず実家を占有していなかった相続人には、この保存義務は課されない。占有の有無が義務の分かれ目になる。
義務の内容自己の財産におけるのと同一の注意をもって保存する義務であり、積極的な管理・修繕まで求められるものではないが、放置は許されない。
相続財産清算人の選任相続人全員が相続放棄し財産管理者が誰もいない場合、家庭裁判所に申し立てて相続財産清算人を選任してもらうことができる。
義務が終了するタイミング選任された相続財産清算人に財産を引き渡した時点で、占有者が負っていた保存義務は終了する。

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