[相続のお話]一戸建ての価値:路線価と実勢価格の罠

一戸建ての価値:路線価と実勢価格の罠

「兄さんは実家をもらって、僕は現金一千万円だけ。絶対おかしい!」

遺産分割協議の席で、次男の平井誠二(四十七歳)が声を荒げた。長男の俊一(五十歳)は黙って腕を組んでいる。

二人の父・平井忠雄が逝去したのは三ヶ月前。遺産は埼玉県内の一戸建て(土地・建物)と現金1,000万円。俊一が相続税申告用に計算した相続税評価額の合計は約2,000万円とのことだった。

「実家だけで時価3,000万円はあるはずだ。現金と合わせれば4,000万円になる。それを半分に分けるなら、俺の取り分は2,000万円のはずなのに、現金1,000万円しかもらえないのはおかしい」と誠二は主張した。

俊一は首を振った。「相続税の計算では実家は1,000万円だ。現金も合わせて2,000万円。それを半分ずつにして、俺が実家、お前が現金1,000万円。どこが不公平なんだ」

二人が使っている「不動産の価値」の数字が、根本から食い違っていた。

路線価は「税務計算の道具」

きょうだいの話し合いに同席した税理士の村田先生が、静かに口を開いた。

「俊一さんが使っている1,000万円という数字は路線価を使った相続税評価額です。これは国税庁が毎年公表する、相続税や贈与税の計算に使うための特別な評価額です」

路線価は一般に実勢価格(実際の市場取引価格)の80%程度を目安として設定される。つまり路線価格1,000万円なら、市場で売ると1,200~1,300万円程度になる可能性がある。

「誠二さんのいう『時価三千万円』はどこから?」と村田先生が尋ねると、誠二は「近所の不動産屋に聞いた」と答えた。査定書はなく、口頭での話だったという。

遺産分割の基準は「時価」

「遺産分割協議において、不動産の評価は原則として時価——つまり実勢価格が基準です。路線価は税務申告のための数字であり、兄弟間の公平を測る物差しにはなりません」

これは誠二にとって有利な情報でもあった。実勢価格が相続税評価額より高ければ、その分だけ俊一が多く受け取っていることになるからだ。

「では、本当の時価をどうやって確認すればいいんですか」と誠二が尋ねた。

「不動産鑑定士に依頼する方法が最も信頼性が高い。法的根拠のある鑑定評価書を作成してもらえば、調停や審判の場でも証拠として使えます。複数の不動産会社の査定を比較する方法も参考にはなりますが、査定は鑑定と違って法的拘束力がありません」

鑑定評価が開いた着地点

兄弟は合意のうえで不動産鑑定士・福田先生に鑑定を依頼した。二週間後に届いた鑑定評価額は1,600万円。俊一が主張した1,000万円より高く、誠二が言い張った3,000万円よりずっと低い、現実的な数字だった。

現金1,000万円と合わせた遺産総額は2,600万円。半分は1,300万円。俊一が実家(1,600万円)を取得し、誠二には現金1,000万円を渡したうえで、差額の300万円を俊一から誠二に代償金として支払う形で合意した。

「最初から鑑定を頼んでいれば、あんな言い争いにならなかった」と俊一は苦笑いした。

路線価と実勢価格——どちらも「不動産の価値」を表す数字だが、使う場面がまったく異なる。遺産分割で不動産をめぐる対立が起きたとき、最初に確認すべきは「どの価格を使うべきか」だ。

学びのボックス:路線価と実勢価格のポイント

路線価とは国税庁が毎年公表する土地の評価額。相続税・贈与税の計算に使う。一般に実勢価格の80%程度を目安に設定されているが、地域差が大きい。
実勢価格とは実際に市場で売買される価格。需給・立地・建物状態・接道状況などに左右され、路線価と大きく乖離することがある。国土交通省の「不動産取引価格情報」で参照可能。
遺産分割での評価額遺産分割協議では法律上「時価(実勢価格)」を基準とするのが原則。路線価はあくまで税務計算用であり、兄弟間の分割協議における「公平の基準」にはならない。
不動産鑑定士の活用正式な時価を確定するには不動産鑑定士による鑑定評価が有効。査定(無料)とは異なり法的根拠のある評価書が得られ、協議や調停の場で証拠として使える。
代償分割と評価額の合意一方が不動産を取得し、もう一方に代償金を払う「代償分割」では、代償金の基準となる評価額を事前に合意しておくことが紛争防止の鍵。複数の査定・鑑定を比較して決める。




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