[相続のお話]『相続人申告登記』で過料を回避せよ

『相続人申告登記』で過料を回避せよ

「先生、相続登記の期限まであと三ヶ月しかない。でも弟が一切協力しないんです。このまま期限を過ぎたら罰金ですか」

焦りをにじませながら司法書士の岸田先生を訪ねてきたのは、長男の村上哲也(五十八歳)だった。

父・村上義一が他界して二年九ヶ月。残された遺産は埼玉県内の実家(土地・建物)と少額の預金。相続人は哲也と弟・敬二(五十五歳)の二名だ。

しかし敬二は「実家は自分が取得する」と主張し続け、協議書への署名を一度も行っていない。「どうせ時間が経てば有利になると思っているのかもしれない」と哲也は憤る。そして相続登記義務化の三年期限が、じわじわと迫ってきた。

過料のリスクは「実在する」

「先生、このまま期限が過ぎたら本当に罰則がありますか」

「はい。二〇二四年四月から施行された改正不動産登記法により、相続を知った日から三年以内に相続登記を行わなければなりません。正当な理由なく期限を過ぎると、十万円以下の過料が科される可能性があります」

「でも協議がまとまらないと、登記なんてできないですよね」

「そこに大きな誤解があります」と岸田先生は言った。「遺産分割協議が整っていなくても、義務を履行できる制度があります。それが『相続人申告登記』です」

単独でできる「申告登記」

相続人申告登記とは、遺産分割協議の成立を待たずに、相続人が単独で「自分がこの不動産の相続人である」と法務局に申告することで、登記義務を履行したとみなされる制度だ(不動産登記法七六条の三)。

「敬二の同意は必要ありませんか」

「必要ありません。哲也さんが単独で申請できます。必要書類は、申請書・被相続人の戸籍謄本一式・哲也さん自身の戸籍・住民票です。他の相続人の署名捺印も、遺産分割協議書も不要です」

「費用はどれくらいですか」

「登録免許税がかかりません——これも大きなメリットです。司法書士報酬が実費としてかかりますが、正式な名義変更登記に比べてずっと安く済みます。申請自体は比較的シンプルな書類で完結します」

「申告登記」でできること・できないこと

「申告登記をすれば、家を売ることもできますか」と哲也は尋ねた。

「それはできません。相続人申告登記は、登記義務を果たしたとみなされる暫定措置です。所有権を特定の相続人に移転する正式な名義変更ではありません。売却・担保設定・住宅ローンの借換えなどには使えません。あくまで『期限内に動いた』という事実を法務局に記録するための手続きです」

「では、申告登記をした後はどうすればいいんですか」

「協議を続けてください。申告登記で過料のリスクを回避しながら、調停や審判を通じて遺産分割を進める——この二本立てが現実的な対応です。ただし、放置が長くなると特別受益や寄与分の主張が制限される十年ルールもありますから、できるだけ早く決着をつけることが重要です」

期限三日前の申請

哲也は岸田先生に依頼し、期限の三日前に相続人申告登記の申請を完了させた。法務局の窓口で受付印が押された申請書の控えを手に取ったとき、哲也は初めて肩の荷が下りる感覚を覚えた。

「罰金だけは避けられた。でも問題は何も解決していない」

「そうです」と岸田先生は言った。「申告登記は出発点に過ぎません。次のステップは家庭裁判所への調停申立てです。敬二さんが感情的に動いているなら、第三者が入った方が早く解決します」

相続登記の義務化は、長年の放置を許さない時代の始まりを告げる。しかし協議が難航する場合でも、相続人申告登記という救済策がある。大切なのは「期限が来る前に動く」こと——その一点が、過料と将来の権利喪失を防ぐ。

学びのボックス:相続人申告登記のポイント


相続登記の義務化(20244月施行)相続を知った日から3年以内に相続登記を行わなければならない。正当な理由なく期限を過ぎると10万円以下の過料が科される。2024年4月1日以前の相続も対象で、2027年3月31日までに登記が必要。
相続人申告登記とは遺産分割協議が整っていなくても、相続人が単独で「自分がこの不動産の相続人である」と法務局に申告することで、登記義務を履行したとみなされる暫定的な制度(不動産登記法76条の3)。
申告登記の手続き申請書・被相続人の戸籍・申請人の戸籍・住民票などを法務局に提出するだけで完了。遺産分割協議書や他の相続人の同意は不要。相続人が単独で手続き可能。
申告登記は「正式な名義変更」ではない相続人申告登記は義務履行の暫定措置であり、所有権移転登記(正式な名義変更)ではない。売却・担保設定には使えない。協議が整ったら改めて正式な所有権移転登記が必要。
申告登記後も協議は続ける相続人申告登記で過料リスクを回避した後も、遺産分割協議は継続して進める必要がある。10年以上放置すると特別受益・寄与分の主張が制限される(改正民法904条の3)点にも注意。

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