税務署からの『お尋ね』に震える日
「お母さん、税務署から手紙が来てる。『相続税の申告要否検討表』って書いてあるけど……これ、やばいやつじゃない?」
父・中村義雄が他界して半年。長女の中村美咲(43歳)が実家のポストで見つけたのは、「税務署」という差出人と、「相続税の申告要否検討表」という物々しいタイトルが印刷された緑色の封筒だった。
すぐに母・幸子(71歳)を呼び、二人で恐る恐る封を切った。A4の用紙に、亡くなった人の氏名・財産の概算を記入して返送するよう求める内容が書かれていた。
「これって、もう相続税がかかるって決まったってこと?」と幸子は青ざめた。
「お尋ね」は確定通知ではない
美咲はすぐに知人の紹介で税理士の永井先生に電話した。
「落ち着いてください」と永井先生は言った。「これは相続税が確定したという通知ではありません。税務署が『この世帯では相続が起きたようだが、申告が必要かどうか確認したい』と送る確認書類です。お尋ねが届いたからといって、必ず相続税を払わなければいけないわけではありません」
「では、どういう場合に申告が必要なんですか」
「遺産の総額が基礎控除額を超えた場合です。基礎控除は『3000万円に600万円×法定相続人の数を加えた金額』です。中村さんの場合、法定相続人は幸子さんと美咲さんの二名ですから、3000万円+600万円×2=4200万円が基礎控除額になります。遺産の合計がこれを超えなければ、申告は原則不要です」
財産を「洗い出す」
「では、父の遺産が4200万円を超えているかどうか調べればいいんですね」
「そうです。まず財産を全部洗い出しましょう。不動産・預金・株式・生命保険・車・ゴルフ会員権——すべてが対象です。見落としが一番危険ですので、父上の通帳・証券口座・不動産の権利証・保険証券を全部引っ張り出してください」
美咲と幸子は一週間かけて父の財産を整理した。自宅の土地・建物(路線価ベースで1500万円)、銀行預金(合計800万円)、生命保険金(1000万円)——合計すると3300万円になった。
「先生、合計が3300万円でした」
「生命保険金は、受取人が相続人であれば非課税枠があります。500万円×法定相続人の数——今回は1000万円——まで非課税です。今回の保険金は全額非課税枠内に収まります。課税対象の遺産は3300万円から1000万円を引いた2300万円。基礎控除の4200万円を大きく下回りますから、申告は不要です」
「お尋ね」への返送方法
「では、この封筒はどうすればいいんですか」
「申告が不要な場合でも、用紙に必要事項を記入して返送することをお勧めします。財産の概算と『申告不要と判断した理由』を簡潔に書いて送れば、税務署からの追加の問い合わせをほぼ防げます。無視するのが一番よくない対応です」
美咲は永井先生のアドバイスをもとに用紙を記入し、一週間後に返送した。その後、税務署からの連絡は来なかった。
緑の封筒は「出発点」
「あのとき税務署から手紙が来なければ、父の財産をちゃんと確認しなかったかもしれない」と美咲は後日言った。「お尋ねが届いたおかげで、財産の全体像を把握できた」
「そういう意味では、お尋ねは遺族が相続と向き合うきっかけになります」と永井先生は言った。「怖がらずに受け取って、一つひとつ確認すれば、必ず答えが出ます」
税務署からの「お尋ね」は、恐怖の通知ではなく確認の依頼だ。基礎控除の計算と財産の洗い出しを落ち着いて行えば、ほとんどの場合は冷静な答えが見つかる。迷ったら税理士に相談する——それが、最も安心できる一手だ。
学びのボックス:相続税のお尋ねと基礎控除のポイント
| 相続税の基礎控除 | 「3,000万円+600万円×法定相続人の数」が基礎控除額。遺産の総額がこれを超えなければ相続税は原則かからず、申告も不要。 |
| 「お尋ね」が届く理由 | 税務署は不動産登記情報・預金口座・生命保険などの資料から相続が発生したことを把握し、申告が必要かもしれない世帯に「相続税の申告要否検討表」を送付する。届いても課税確定ではない。 |
| お尋ねへの対応 | 用紙に財産の概算を記入して返送するか、税理士に相談のうえ回答する。無視すると税務署から問い合わせが来ることがあるため、必ず何らかの対応をする。 |
| 申告が必要な場合の期限 | 相続税の申告・納付期限は「相続開始を知った日の翌日から10ヶ月以内」。期限を過ぎると延滞税・加算税が発生するため注意が必要。 |
| 税理士への早期相談の効果 | 財産の全体像が把握できていない段階でお尋ねが届いた場合、税理士に相談することで財産の洗い出し・基礎控除の計算・申告要否の判断を正確に行える。自己判断より安全で確実。 |
