『相続放棄の撤回はできる?』欺かれてサインした遺族の起死回生[相続のお話]

『相続放棄の撤回はできる?』欺かれてサインした遺族の起死回生

【原則不可の相続放棄と例外規定】嘘を信じて放棄した次男が、詐欺を理由とする取消しで遺産を取り戻す限界と可能性

石田和彦は、父・正雄の訃報を、異母兄の浩からの電話で知った。正雄は再婚しており、和彦は後妻の子、浩は先妻の子で、二人は成人してからほとんど顔を合わせていなかった。後妻だった和彦の母はすでに他界しており、正雄の相続人は、浩と和彦の二人だけだった。葬儀の後、浩は和彦を訪ね、神妙な面持ちで切り出した。「親父には借金が山ほどあった。遺産はほとんど借金だけで、プラスは何もない。迷惑をかける前に、相続放棄をしておいたほうがいい」。

和彦は動揺した。父の暮らしぶりをよく知らなかったため、兄の言葉を疑う理由がなかった。浩は、相続放棄の手続きに必要な書類まで用意してくれていた。和彦は言われるままに署名し、家庭裁判所に相続放棄の申述書を提出した。まもなく申述は受理され、和彦は父の遺産とは無関係になったはずだった。

ところが半年ほど経ったころ、和彦は知人から思いがけない話を聞いた。正雄が所有していた土地と建物が、浩の名義に変更されているというのだ。不審に思った和彦が調べると、正雄の名義の預貯金も、浩によって解約されていた。遺産は借金だけではなく、不動産と預貯金を合わせて数千万円のプラスの財産があったのだ。浩は、それを知りながら、和彦に嘘をついて放棄させたのではないか。和彦は怒りと後悔に震えた。

和彦は弁護士に相談した。弁護士は、最初に厳しい現実を説明した。「民法には、相続の承認や放棄は、熟慮期間内であっても撤回できないという規定があります。一度受理された相続放棄を、気が変わったからという理由で撤回することは、原則としてできません」。和彦は肩を落とした。

しかし、弁護士の話には続きがあった。「ただし、民法の別の規定により、詐欺や強迫、錯誤などを理由とする取消しは認められています。浩さんが遺産の内容を知りながら、あえて嘘をついて放棄させたのであれば、詐欺による取消しを主張できる可能性があります。撤回と取消しは、法律上まったく別のものです」。和彦は、わずかな希望を見出した。

「この取消しには期限があります。追認できる時、つまり騙されたと気づいた時から六か月、または放棄の時から十年を過ぎると、取消権は消滅します。また、取消しをするには、家庭裁判所にその旨を申述する必要があります」。弁護士は続けた。和彦は、騙されたと気づいてからまだ半年以内であることを確認し、急いで準備に取りかかった。

和彦と弁護士は、浩が「借金しかない」と告げたやり取りのメッセージ、浩が名義変更した不動産の登記事項証明書、解約された預貯金の取引履歴などを集め、浩が遺産の内容を知っていたことを示す証拠を整理した。そのうえで、家庭裁判所に相続放棄の取消しを申述し、申述は受理された。

弁護士は、重要な注意点も伝えた。「家庭裁判所が取消しの申述を受理しても、それで取消しが有効だと確定するわけではありません。浩さんが争えば、最終的には民事訴訟で、詐欺が本当にあったのかが判断されます」。実際、浩は当初、「嘘などついていない」と反論したが、証拠を突きつけられると、話し合いに応じる姿勢に変わった。

最終的に、和彦と浩は、遺産を協議により分けることで合意した。和彦は、父の遺産のうち、法定相続分に相当する財産を取得することができた。

この経験を通じて和彦は、相続放棄は原則として撤回できないが、騙された場合には取消しという道が残されていることを学んだ。同時に、そのためには期限があり、証拠が必要になること、そして何より、重大な判断を他人の言葉だけで決めないことの大切さを、和彦は身をもって理解した。協議が終わった後、和彦は、相続に関わる重要な判断は、必ず自分で財産の内容を確認し、専門家にも相談してから決めるようにしている。

学びのボックス

相続放棄は原則撤回できない民法919条1項により、相続の承認・放棄は熟慮期間内であっても撤回できない。気が変わったという理由では覆せない。
撤回と取消しは別のもの詐欺・強迫・錯誤などの事情がある場合は、民法の一般規定に基づいて放棄の「取消し」をすることが認められている。
取消権の期限追認できる時(騙されたと気づいた時など)から6か月、または放棄の時から10年を過ぎると、取消権は時効により消滅する。
取消しの手続き取消しをするには、その旨を家庭裁判所に申述する必要がある。騙された事実を示すメッセージや、遺産の内容を示す資料を整理して臨む。
受理は有効性の確定ではない家庭裁判所が取消しの申述を受理しても、有効性が確定するわけではない。相手が争えば、最終的には民事訴訟で詐欺の有無が判断される。

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