『清算型遺贈』実家を売却して現金で分ける遺言書の書き方[相続のお話]

『清算型遺贈』実家を売却して現金で分ける遺言書の書き方

木村正和は八十三歳。妻に先立たれ、築四十五年の実家に一人で暮らしていた。長男の浩二は近所に住み、次男の達也は遠方で暮らしている。財産は、実家の土地建物と、少しの預貯金。正和には、一つだけ気がかりがあった。実家を二人の共有にすれば、売るにも貸すにも、兄弟の意見がそろわなくなる。友人の家が、共有名義のまま、何年も揉めた話を聞いていたのだ。

「二人には、争ってほしくない」。正和は公証役場を訪ね、公正証書遺言を作った。内容はこうだ。「遺言者は、自宅の土地建物を売却し、売却代金から売却に必要な経費、公租公課、遺言執行費用を控除した残額を、長男浩二と次男達也に、各二分の一の割合で遺贈する」。これが、清算型遺贈と呼ばれる方法である。さらに、遺言執行者に、信頼する司法書士の岡田さんを指名し、不動産の売却に必要な一切の権限を与えると書き添えた。

二年後、正和は静かに息を引き取った。葬儀のあと、兄弟のもとに、岡田さんから就任の通知が届いた。公正証書遺言が見つかり、執行者として就任するという内容だった。達也は、電話口で複雑な気持ちを口にした。「実家は、母さんの思い出も詰まっている。売るのは、少し寂しいな」。浩二も、同じ思いだった。

岡田さんは、二人に丁寧に説明した。「お父さまのお気持ちは、遺言に書かれています。遺言執行者には、遺言の内容を実現する権限があります。相続人の方が、勝手に不動産を処分することはできませんし、反対に、売却を止めることも、原則としてできません」。兄弟は、父がなぜ執行者を指名したのか、理由を理解した。岡田さんは、まず財産目録を作成して二人に交付し、売却の見通しと費用の見込みも、書面で説明してくれた。

手続きは、順を追って進んだ。まず、建物と土地の名義を、いったん相続人の名義にする相続登記を行い、そのうえで、不動産会社と媒介契約を結ぶ。登記簿と固定資産税の書類、境界の確認書などをそろえ、売り出し価格は三千二百万円と決めた。三か月後、買主が見つかり、売買が成立した。値引き交渉もあったが、執行者が相場を踏まえて冷静に対応してくれた。引渡しまでの間に、家財の片付けは兄弟が分担して行った。達也は仕事の合間に何度も帰省し、父の本や写真を、一つずつ丁寧に整理した。

決済では、仲介手数料、登記費用、測量費、執行者の報酬など、経費の合計は約二百五十万円だった。売却代金三千二百万円から経費を引くと、残りは二千九百五十万円。岡田さんは、収支の明細を一枚の計算書にまとめ、兄弟に示した。二人はそれぞれ、約千四百七十五万円ずつを受け取った。兄弟は、父が現金で分けるよう定めた意味を、あらためて実感した。

最後に残ったのは、税金の問題だった。売却による譲渡所得は、実家を売った相続人が申告する。浩二と達也は、売却の翌年に、それぞれ確定申告を行う必要がある。税理士に相談すると、条件を満たせば、相続税の取得費加算の特例や、空き家の売却に関する特別控除を使える可能性があるという。要件は細かく、売却の時期によって使えなくなる場合もあるため、売却の前に確認しておくことが肝心だった。二人は、岡田さんにも相談しながら、必要な書類を整えていった。

浩二は今、友人にこう話している。不動産を分けにくい遺産は、遺言で清算の方法を決めておくと、家族の争いを避けやすい。ただし、遺言執行者の指定と、経費や分配の割合の明記が欠かせない。「父は、遺言で家族の関係を守ってくれた」。浩二は、実家のあった場所の前を通るたびに、そう思っている。

学びのボックス

清算型遺贈とは遺言で不動産を売却し、経費を引いた現金を相続人などに分ける方法。共有を避け、公平に分けやすい。
遺言執行者の指定が重要売却に必要な権限を遺言執行者に与えると明記する。相続人が処分を妨げることは原則できず、手続きも進めやすい。
遺言書に書くべき内容売却する物件、控除する経費(仲介手数料・登記費用・執行費用など)、分配の割合、執行者の氏名を具体的に書く。
売却までの手続き相続登記、媒介契約、売却、経費精算、分配の順に進む。登記の進め方は事案により異なるため、司法書士と確認する。
譲渡所得の申告売却による譲渡所得は、実家を売った相続人が翌年に確定申告する。取得費加算や空き家特例の要件は売却前に確認する。

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