『自筆証書遺言』目録をパソコンで作成する時の自書・押印ルール[相続のお話]

『自筆証書遺言』目録をパソコンで作成する時の自書・押印ルール

藤井隆一は七十八歳。不動産が三か所と、複数の銀行に口座があり、財産の種類が多かった。自分の死後に子どもたちが揉めないよう、自筆証書遺言を書くことにした。本文は、ボールペンで一字ずつ書いた。「別紙の財産目録記載の不動産は長男の健に、預貯金は長女の美奈に相続させる」。肝心の財産目録は、不動産の地番や、口座番号が長い。間違えるといけないので、パソコンで作って印刷した。二〇一九年の民法改正で、目録は手書きでなくてもよくなったと聞いていたからだ。

隆一は、印刷した目録が全部で三枚になったので、本文の遺言書と一緒に封筒に入れ、書斎の引き出しにしまった。目録には、不動産の登記事項証明書の写しと、通帳のコピーも添えた。これで万全だと、隆一は満足していた。ところが、実は一枚だけ、署名と押印を忘れていた。

二年後、隆一が亡くなった。長男の健は、書斎から封筒を見つけ、家庭裁判所で検認の手続きを済ませた。弁護士に遺言書の確認を依頼すると、弁護士は、目録を一枚ずつめくり、眉をひそめた。「二枚目の目録に、署名と押印がありません」。

健は耳を疑った。父は几帳面な人で、何度も見直していたはずだった。「パソコンで作った目録でも、有効なのではないのですか」。弁護士は、丁寧に説明した。「民法では、自筆証書遺言の本文は全文を自書する必要があります。ただし、財産目録に限っては、パソコンで作成したり、通帳や登記事項証明書のコピーを添付したりしてよいことになっています。そのかわり、目録の全ページに、遺言者が署名して押印しなければなりません。両面に記載がある場合は、両面に必要です」。

「二枚目だけ、署名押印が抜けていると、どうなるのですか」。健の問いに、弁護士は慎重に答えた。「方式に違反していることになり、その部分の記載が有効かどうかが争われる恐れがあります。さらに、遺言全体の効力にまで影響するという主張が出る可能性もあります」。二枚目の目録には、郊外の土地と、父名義の二つの口座が書かれていた。

健の妹の美奈は、この話を聞いて、不安げな表情を浮かべた。「お父さんの気持ちは分かっているけれど、法律上の問題があるなら、きちんとしたいわ」。二人は、遺言をめぐって裁判になるのは避けたい、亡き父の最後の願いを、争いで汚したくないと考えた。話し合いの末、弁護士の助言どおり、相続人全員で遺産分割協議を行うことにした。遺言と異なる分割でも、相続人全員が合意すれば、有効に進められる。

協議では、遺言書に書かれた父の意思を最大限に尊重し、二枚目の目録の財産も、父が書いたとおりに分けることで、二人は合意した。弁護士が遺産分割協議書を作成し、不動産の登記や預貯金の解約も、スムーズに進んだ。ただ、遺言が確実に有効であれば不要だった手間と、数か月の時間、弁護士への費用が、確かにかかった。

健は、父の遺言を見つめて思う。もし、書いたあとに専門家に見てもらっていれば。あるいは、法務局の自筆証書遺言書保管制度を使い、方式の外形的な確認を受けていれば、防げたかもしれない。この制度は、内容の有効性までは保証しないが、署名押印の有無などは窓口で確認される。保管された遺言書は検認も不要になる。遺言は、思いを残す手紙であると同時に、法律の決まりに従う書類でもある。書いて満足せず、全ページを見直す。それが、父の遺言から健が学んだことだった。

学びのボックス

自筆証書遺言の原則本文は全文を自書し、日付と氏名を書いて押印する。ここは手書きでなければ方式違反となる。
財産目録の緩和(2019年改正)財産目録に限り、パソコン作成や、通帳・登記事項証明書のコピー添付が認められる。本文に「別紙目録記載の」と明記する。
全ページに署名押印目録の全ページに、遺言者の署名と押印が必要。両面に記載があるときは両面に必要で、1枚の漏れでも争いの種になる。
押印漏れのリスクと対応方式違反として、その部分や遺言の効力が争われる恐れがある。相続人全員が合意すれば、遺産分割協議で遺言の趣旨に沿って分けることも可能。
法務局の保管制度の活用保管申請時に署名押印などの外形的な確認を受けられ、検認も不要になる。ただし、内容の有効性までは保証されない。

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