『後見制度支援預金』成年後見人の横領を防ぐ最新実務
村上和也の母・初江は、八十三歳のころから認知症が進み、預金の管理や施設との契約ができなくなった。和也は、遠方に暮らす妹の美香と話し合い、家庭裁判所に成年後見の申立てをした。ところが審理の結果、選任されたのは和也ではなく、弁護士だった。母の預金が数千万円と大きいことが、理由のひとつだったという。母が長年こつこつ貯めてきた預金が、今度は自分たちの手を離れて管理されるのだと、和也は複雑な思いで審判書を読んだ。
和也は納得がいかなかった。「実の息子の自分が、なぜ母の財産を管理できないのか」。弁護士は落ち着いた口調で説明した。「家庭裁判所は、本人の財産を守ることを第一に考えます。親族の後見人による使い込みなどの不正は、残念ながら実際に起きており、まとまった財産がある場合は、最初は専門職が就任することがあります」。和也は、自分が疑われているようで、しばらく胸が重かった。母の通帳を預かり、介護の費用も自分なりに工面してきた日々が、否定されたように思えたのだ。
弁護士は半年ほどかけて、母の預貯金や不動産、保険を調べて財産目録を作り、施設の費用や医療費の支払いを整えた。そして、和也にこう提案した。「財産の整理が終わりましたので、後見人を和也さんに交代する方向で、家庭裁判所に相談しましょう。ただし条件があります。後見制度支援預金という仕組みを使うことです」。
後見制度支援預金とは、本人の財産のうち、日常的な支払いに使う分を除いたまとまった預貯金を、専用の口座に預ける仕組みだ。大きなお金の動きには、家庭裁判所の目が届くようになっている。この口座からお金を引き出したり、口座を解約したりするには、家庭裁判所が発行する指示書が必要になる。後見人が一人の判断で大きなお金を動かせないため、不正やトラブルを防ぐことができる。弁護士は、この仕組みは主に成年後見と未成年後見で使われ、保佐や補助では対象にならないことも補足した。
母の預金は、施設の費用などに充てる分を普段使いの口座に残し、残りの大半を支援預金の口座に移した。和也は、自由に使えるお金が減ることに最初は不安を覚えたが、すぐに考えを改めた。美香から電話で「兄さんが管理することに、不安がないと言えば嘘になる」と本音を打ち明けられたとき、この仕組みがあることで、自分も妹も安心できると気づいたからだ。疑われる前に、潔白を示せる形が整うのだと思えた。
その後、母が高額な施設の入居一時金を支払う必要が生じたとき、和也は家庭裁判所に報告書を出し、必要な理由と金額を説明した。裁判所は内容を確認したうえで指示書を出し、支援預金の口座から必要な額を払い戻すことができた。書類をそろえて待つ間、和也は気をもんだ。手続きに手間はかかったが、母のお金が適正に使われている証になる、と和也は前向きに受け止めた。領収書や契約書の写しを整理して提出したことで、お金の流れを自分でもはっきり把握できたのも収穫だった。
母の面会に通うたびに、和也は毎月の支出を丁寧に記録し、年に一度は家庭裁判所へ後見事務の報告をしている。通帳の残高と帳簿が合っているかを確かめる時間は、母の暮らしを守る大切な習慣になった。後見人は、親の財産を預かる立場であり、自由に使える財産ではないということを、和也は身をもって学んだ。美香には、支出の状況を定期的に知らせるようにしている。きょうだいで情報を共有し、仕組みに頼ることが、家族の信頼を守る近道だと、和也は今では考えている。
学びのボックス
| 後見制度支援預金とは | 本人の財産のうち日常的な支払いに使わない預貯金を専用口座に預け、払戻しや解約に家庭裁判所の指示書を必要とする仕組み。 |
| 家庭裁判所の指示書 | 高額な施設入居一時金など、まとまった資金が必要なときは、理由と金額を報告して指示書の発行を受ける。 |
| 不正やトラブルの防止 | 後見人が一人の判断で大きなお金を動かせないため、使い込みなどの不正や親族間の疑いを防ぎやすくなる。 |
| 対象となる後見類型 | 主に成年後見と未成年後見で利用され、保佐や補助は対象にならない。 |
| 後見人の心得 | 預かった財産は自由に使えるものではない。支出を記録し、家庭裁判所への報告や親族への情報共有を欠かさない。 |
