『国外財産調書』海外口座や不動産を隠すリスク
小野寺篤志の父・高志は、事業で成功した資産家だった。国内の不動産や預金のほかに、シンガポールの銀行に口座を持ち、ハワイにもコンドミニアムを所有していた。高志が亡くなったとき、篤志は、これらの海外の財産について、父から詳しい話を聞いたことがなかった。仕事に厳しく、家族に財産の話をほとんどしない人だったのだ。
遺品を整理する中で、篤志は海外の銀行の取引明細書と、現地の不動産の権利書を見つけた。合計すると、日本円で数億円にのぼる額だった。篤志は戸惑った。海外の財産まで申告すれば、相続税は大きく膨らむ。「日本の税務署には、海外の口座までは分からないだろう」。篤志はそう考え、顧問税理士には海外の財産を伝えず、国内の財産だけで相続税の申告を済ませてしまった。
二年ほど経ったころ、税務署から、相続税の申告内容を確認したいという連絡が入った。調査官は、篤志の前で一枚の書類を示した。そこには、シンガポールの銀行にある口座の残高と、取引の履歴が記されていた。「近年は、CRSと呼ばれる共通報告基準にもとづき、海外の金融機関から、日本の居住者の口座情報が、各国の税務当局を通じて日本に提供されています。この口座は、高志さんのものと確認できました」。
篤志は言葉を失った。国境を越えた情報の自動交換が、これほど進んでいるとは思いもしなかったのだ。「隠していれば分からない」と考えた二年前の自分の判断が、足元から崩れていくのを感じた。調査官は続けた。「日本の居住者が相続した財産は、国内にあるか国外にあるかを問わず、相続税の課税対象になります。申告から漏れている海外の財産について、修正申告をお願いします」。
篤志は急いで税理士に事情を打ち明け、弁護士にも同席してもらった。税理士は厳しい表情で説明した。「国外の財産を知りながら申告しなかったとなれば、単なる申告漏れではなく、財産を隠した、つまり隠蔽にあたると判断される可能性があります。その場合は、通常の加算税ではなく、より重い重加算税が課されます。過少申告の場合の重加算税は、原則として追加の税額の三十五パーセントです」。
「さらに、日本に住む人が、年末時点で五千万円を超える国外の財産を持っている場合は、翌年三月十五日までに、国外財産調書を提出する義務があります。調書を出していなかったり、内容に不備があったりすれば、加算税が重くなる仕組みがあるほか、故意に提出しない、または虚偽の記載をした場合には、罰則の対象になることもあります」。高志が生前、この調書を提出していなかったことも、あわせて指摘された。
篤志は、海外の銀行口座の残高とハワイの不動産について、現地の評価資料を取り寄せ、為替の換算も含めて、正確な価額を算定してもらった。慣れない英語の書類と何度も向き合う日々は、思った以上に骨の折れる作業だった。そのうえで修正申告を行い、本税に加えて重加算税と延滞税を納めることになった。納税資金は、ハワイのコンドミニアムを売却して工面した。
この経験を通じて篤志は、海外の財産は、隠し通せるものではなく、国際的な情報交換の時代には、むしろ隠すほどリスクが大きくなることを学んだ。国外財産の一覧を整理して家族に共有し、国外財産調書も含めて、専門家と一緒に正しく申告することの大切さを、篤志は身をもって理解した。今では自分の子どもたちにも、財産の全体像を早めに伝えておこうと考えている。
学びのボックス
| 国外財産調書の提出義務 | その年の12月31日時点で5,000万円を超える国外財産を持つ日本の居住者は、翌年3月15日までに国外財産調書を提出する義務がある。 |
| CRSによる情報交換 | 共通報告基準(CRS)により、海外の金融機関の口座情報が各国の税務当局を通じて自動的に日本へ提供される。 |
| 国外財産も課税対象 | 日本の居住者が相続した財産は、国内外を問わず相続税の課税対象になる。 |
| 隠蔽と重加算税 | 財産を意図的に隠したと判断されると、通常の加算税より重い重加算税(過少申告の場合は原則35%)が課される。 |
| 事前の備え | 国外財産の一覧を整理して家族と共有し、調書の提出も含めて税理士など専門家と正しく申告する。 |
