『遺産分割協議のやり直し』合意解除と二重贈与税の恐怖[相続のお話]

『遺産分割協議のやり直し』合意解除と二重贈与税の恐怖

【成立した遺産分割協議の合意解除】全員が合意しても、再分割は贈与・交換とみなされ、高額な課税を招くおそれがある

山口拓也は、母の死後、弟の隆、妹の由美とともに遺産分割協議を行った。母の遺産は、実家の土地建物と預貯金だった。話し合いの末、実家は長男の拓也が取得し、預貯金は隆と由美がそれぞれ受け取ることで合意した。三人は協議書に実印を押し、実家の名義変更も済ませた。相続税の申告も、その内容で終えた。

ところが半年ほど経ったころ、拓也に思いがけない転勤の辞令が出た。実家に住む予定がなくなり、管理にも困るようになった。一方、弟の隆は、「やっぱり俺が実家を継いで住みたい。兄さんが持っていても使えないだろう」と言い出した。由美も、「兄弟で納得できるなら、分け方を変えてもいいと思う」と賛成した。

三人は、全員が納得しているのだから問題ないだろうと考え、司法書士に、遺産分割協議のやり直しを頼んだ。司法書士は、民法上の点をまず説明した。「相続人全員の合意があれば、成立した遺産分割協議を合意解除し、改めて分け直すことは、法律上は可能です」。三人はほっとして、新しい協議書を作成し、実家の名義を拓也から隆へ変更する登記を行った。

しかし数か月後、税務署から、拓也と隆のもとに連絡が届いた。「実家の名義が、拓也さんから隆さんに移っています。この経緯を確認させてください」。三人は事情を説明したが、税務署の見解は厳しかった。「最初の遺産分割協議が有効に成立し、財産の取得が確定している以上、その後の再分割は、相続とは別の取引として扱われます。拓也さんが取得した実家を隆さんに移したのであれば、原則として贈与、または交換とみなされます」。

三人は税理士に相談した。税理士は、国税庁の取扱いを説明した。「分割協議が成立した後に、共同相続人の合意でやり直した場合、再分割によって新たに財産を取得した人には、贈与税が課されるのが原則です。さらに、実家と預貯金を入れ替えるような内容であれば、交換として、譲渡所得税の問題も生じます」。

「例外として、最初の協議に、錯誤や詐欺、強迫など、民法上の無効や取消しの原因があると認められる場合には、再分割が贈与とされないこともあります。ただし、単に『分け方を変えたくなった』という理由では、この例外には当てはまりません」。拓也たちは、自分たちの事情が、その例外にあたらないことを悟った。

結局、隆は、実家の評価額に応じた多額の贈与税を納めることになった。最初の遺産分割に基づく相続税は、すでに納め終えている。やり直しを理由に、納めた相続税を取り戻すことも、原則としてできない。そのうえで、贈与税まで負担することになり、三人にとっては、二重の負担となってしまった。隆は、納税の資金を工面するため、貯金の大半を取り崩さざるを得なかった。名義変更をやり直す登記にも、あらためて費用がかかった。

税理士は、「やり直しが必要になりそうなときは、協議書を作成して登記を済ませる前に、必ず税務の影響を確認してください。最初から、不動産を取得する人が他の相続人へ代償金を支払う代償分割にするなど、柔軟な分け方を検討しておけば、避けられた場合もあります」と助言した。

この経験を通じて拓也は、全員が合意していても、一度成立した遺産分割協議を変えると、税務上は別の取引とみなされ、思わぬ課税を招くことを学んだ。分け方は、最初の協議の段階で、将来の事情も見据えて慎重に決めるべきだと、拓也は身をもって理解した。今は、隆が実家で暮らし、拓也は転勤先から折に触れて帰省している。兄弟三人の仲に大きなひびは入らなかったが、あの半年間を思い出すたび、三人は苦笑いを交わしている。

学びのボックス

民法上は合意解除が可能相続人全員の合意があれば、成立した遺産分割協議を合意解除して分け直すことは、民法上は可能とされている。
税務上は別の取引とみなされる最初の協議で財産の取得が確定した後の再分割は、原則として贈与または交換とみなされ、新たに取得した人に贈与税などが課される。
相続税は戻らず二重の負担にやり直しを理由に、すでに納めた相続税を取り戻すことは原則できない。贈与税の負担が加わり、二重の負担になりやすい。
例外は限られる最初の協議に錯誤・詐欺・強迫など民法上の無効や取消しの原因があると認められる場合などに限られ、「分け方を変えたくなった」だけでは当てはまらない。
事前の備え協議書の作成や登記の前に税務への影響を確認し、代償分割など柔軟な分け方を最初から検討しておく。登記のやり直し費用にも注意する。

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