[相続のお話]内緒の借金:相続後に届いた催促状

内緒の借金:相続後に届いた催促状

封筒の差出人を見た瞬間、長女の田中奈緒(四十三歳)は手が止まった。

「株式会社アイル・クレジット」——聞いたことのない社名だ。宛名は亡き父・田中義則の名前。開封すると「ご返済が滞っております」という文面と、八十七万円という残高が記されていた。

父が他界して二ヶ月。葬儀、相続手続き、慌ただしい日々が続いていた。しかし家族の誰も、父に消費者金融の借入があるとは知らなかった。

「他にも借金があるんじゃないか……」奈緒の不安は一気に膨らんだ。

安易に「払います」と言ってはいけない

翌日、奈緒はすぐに弁護士の原田先生に相談した。

「催促状が届いたからといって、すぐに支払ってはいけません」と原田先生は言った。「まず、お父様の借金の全貌を把握することが先決です。そして何より、今の時点で遺産を処分したり債務を承認するような行動をとると、法律上『単純承認』したとみなされる可能性があります」

単純承認とは、被相続人のすべての財産と債務をそのまま引き継ぐこと。プラスの財産だけでなく、借金も無制限に受け継ぐことになる。

「相続開始を知ってから三ヶ月以内であれば、まだ選択肢があります」

信用情報機関で借金を洗い出す

「父の借金がほかにどれだけあるか、調べる方法はありますか」と奈緒は尋ねた。

「信用情報機関への開示請求が有効です。CIC・JICC・全国銀行個人信用情報センターの三機関に、相続人の立場で開示請求できます。消費者金融やクレジットカードの借入履歴が確認できます」

奈緒と妹の直子(三十九歳)で手分けして三機関に請求した結果、アイル・クレジットのほかに、さらに二社、合計百六十万円超の借入が判明した。父の遺産(預金・生命保険)の合計は二百三十万円ほど。ぎりぎりプラスに見えたが、他にも債権者が存在する可能性は排除できなかった。

「限定承認」という盾

「こういうケースには『限定承認』が有効です」と原田先生は続けた。「相続で取得した財産の範囲内でのみ借金を返済し、財産を超える部分は一切自己負担しないという制度です(民法九二二条)。万が一、まだ知らない借金が出てきても、自分の財産から払う必要はありません」

「ただし、限定承認は相続人全員で申立てなければなりません。一人でも単純承認を選ぶと、その人は全額負担になります。直子さんとの足並みを揃えることが条件です」

直子もすぐに同意した。二人は連名で家庭裁判所に限定承認の申立書を提出した。相続開始から三ヶ月が経つ直前のことだった。

期限が命綱

家庭裁判所での手続きは、相続財産管理人(原田先生が就任)のもとで進んだ。財産を換価し、判明している債権者に優先順位に従って按分弁済。残った少額の残余財産が奈緒と直子に分配された。

「三ヶ月の熟慮期間は短すぎると感じたら、家庭裁判所に伸長を申請できます」と原田先生は後日話した。「でも申請できるのも三ヶ月以内。とにかく早く動くことが大切です」

奈緒は手帳に書き留めた。「相続開始から三ヶ月以内」——知らない借金が出てきたとき、この期限が命綱になる。遺産整理は感情よりも先に、時計を見なければならない。

学びのボックス]限定承認と借金調査のポイント


単純承認の危険性相続人が遺産を処分したり、3ヶ月の熟慮期間を過ぎると「単純承認」とみなされ、被相続人の借金も無制限に引き継ぐことになる。
限定承認とは相続で得た財産の範囲内でのみ借金を返済し、超過分は自己負担しないことを認める制度(民法922条)。財産より借金が多くても自己資産は守られる。
限定承認の手続き相続開始を知ってから3ヶ月以内に、相続人全員で家庭裁判所に申立てが必要。一人でも反対すれば全員での申立てはできない。
信用情報機関での調査CIC・JICC・全国銀行個人信用情報センターの3機関に開示請求することで、故人の借入状況をある程度把握できる。ただし全機関で完全に把握できるわけではない。
熟慮期間の延長申請借金の全貌が3ヶ月以内に確認できない場合、家庭裁判所に「熟慮期間の伸長」を申し立てることができる。早めの申請が重要。

この記事を書いた人

souzoku-ad


家族信託・よくあるご質問
家族信託・用語集
このサイトについて
よくあるご質問
用語集
お問い合わせ