『配偶者居住権』を途中で解除したら高額な『贈与税』が発生する?[相続のお話]

『配偶者居住権』を途中で解除したら高額な『贈与税』が発生する?

横山節子は七十七歳。五年前に夫を亡くしたとき、長男の俊と話し合い、自宅の土地建物は俊が相続し、節子は配偶者居住権を取得することにした。自宅に終身、住み続けられる権利だ。税理士の試算で、居住権の評価額は約千八百万円。その分、節子は預貯金を多く相続でき、俊も自宅を取得できた。当時は、家族みんなが納得できる、よい仕組みだと思っていた。

ところが昨年、節子は足腰が弱り、要介護二になった。階段の多い自宅での暮らしは、危険になってきた。節子は、老人ホームへの入居を決めた。入居の一時金は約一千五百万円。自宅は使わなくなるので、俊は言った。「母さん、家はもう住まないのだから、居住権はやめて、家を売ろう。その資金を、施設の費用にあてよう」。節子も、「それがいいわね」とうなずいた。

念のため、俊は相続のときに世話になった税理士に電話した。「居住権を手放すだけですから、書類を一枚、交わせばいいですよね」。税理士の声が、少し硬くなった。「ちょっと待ってください。居住権を無償で放棄すると、税金の問題が出ます」。俊は、耳を疑った。母の希望をかなえるための手続きが、なぜ税金につながるのか、すぐには理解できなかった。

税理士は、順を追って説明した。「配偶者居住権は、財産的な価値のある権利です。お母さまが、対価をもらわずに放棄すれば、その分の利益を、土地建物の所有者である俊さんが受けたものとして、贈与を受けたものとみなされます。評価額が千八百万円なら、俊さんに贈与税がかかる可能性が高いです」。試算すると、基礎控除の百十万円を引いても、税額は約五百万円。俊は、血の気が引くのを感じた。母の年金暮らしを支えるための売却なのに、納税資金まで別に用意することになる。

「では、母が亡くなるまで、そのままにしておくのですか」。税理士は、首を振った。「実は、お母さまが亡くなって居住権が消滅する場合は、課税されません。ただし、今回のように、生前に放棄するときは別です。方法はいくつかあります」。

一つ目は、居住権を残したまま、施設に入ることだ。居住権は、住まなくなっても消えない。ただし、他人に貸すには、所有者の承諾が必要になる。二つ目は、俊が節子に、居住権の評価額に見合う対価を支払って、合意で消滅させる方法だ。対価が適正であれば、贈与とはみなされない。ただし、節子には、権利を手放した対価として、所得税の問題が生じる場合がある。三つ目は、自宅を売却するときに、居住権の部分の売却代金を節子に配分する方法だ。いずれも、評価額は母の年齢や建物の築年数で変わるため、契約内容とあわせて、専門家との確認が必要だった。

俊は、母と話し合い、自宅を第三者に売却する方法を選んだ。税理士と司法書士に入ってもらい、何度か打ち合わせを重ねて、売買契約の中で、居住権の消滅と、居住権に見合う代金の配分を、書面で明確にした。居住権の登記の抹消も、売却の手続きと合わせて行った。母の所得税の扱いは、税理士が確認し、申告の準備を進めた。

俊は、母の居住権を設定するときに、将来の解除や売却のことまで考えておけばよかったと、今は思っている。居住権は、一生の安心を守る権利である反面、手放すときには、税金の問題が出る。住まいの事情が変わりそうなときは、先に税理士に相談する。それが、節子と俊が学んだ、いちばんの教訓だった。節子は、新しい部屋の窓から庭を眺めながら、「相談してよかった」と、何度も繰り返している。

学びのボックス

配偶者居住権の価値配偶者居住権は財産的価値のある権利で、評価額は配偶者の年齢や建物の築年数などで決まる。遺産分割時に税理士の試算を取ると安心。
無償放棄はみなし贈与生前に居住権を対価なしで放棄・合意解除すると、利益を受ける所有者に贈与税が課される可能性が高い。基礎控除は年110万円。
死亡による消滅は課税なし配偶者が亡くなって居住権が消滅する場合は、贈与税の課税は生じない。生前に手放すときだけ注意が必要。
回避・軽減の手順居住権を残したまま入居する、所有者が適正な対価を支払って消滅させる、自宅売却時に居住権分の代金を配分する、などの方法がある。
専門家への事前相談対価を受け取る配偶者側の所得税の扱いもあわせて確認が必要。放棄の前に税理士・司法書士に相談し、登記抹消も合わせて行う。

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