遺産である『絵画と骨董品』の査定バトル
専門鑑定士の鑑定書で真贋と価値を確定し、納得のいく分割につなげる
村田家の兄弟は、父の遺品整理をしている最中、書斎の奥から大量の絵画と骨董品を発見した。掛け軸、陶磁器の壺、額装された油絵や日本画が二十点近く。生前の父は美術品収集を趣味にしていたが、価値のあるものかどうか、兄弟は誰も詳しく知らなかった。段ボール箱に無造作に詰め込まれたそれらの品々を前に、二人はまず何から手をつければいいのか途方に暮れた。
長男の隆之は「こんなの、ただのガラクタだろう。父さんの道楽で買っただけの品だよ。査定に出しても二束三文だ」と、財産目録には計上せず、形見分けとして各自で適当に分ければいいと主張した。一方、次男の圭太は「いや、この掛け軸は父さんが以前『これは有名な作家の真筆だ』と自慢していた覚えがある。数百万円する可能性もあるんじゃないか」と反論した。話し合いは平行線をたどり、遺産分割協議はこの絵画と骨董品の扱いをめぐって完全に行き詰まってしまった。互いに譲らず、電話口で声を荒げる場面も一度や二度ではなかった。
見かねた司法書士が、「動産の価値について意見が対立する場合は、専門の鑑定士に鑑定を依頼するのが最も確実な方法です。感覚や記憶だけで真贋や価値を判断すると、後々また揉め事の火種になりかねません」とアドバイスしてくれた。兄弟はこの提案に従い、日本美術鑑定協会に所属する鑑定士に依頼することにした。
鑑定士は数日かけて、すべての作品を一点ずつ丁寧に調査した。落款や印章の確認、材質や技法の分析、来歴を示す資料の有無まで細かく確認していく作業だった。父が生前に美術商から受け取っていたとみられる古い領収書や取引メモも書斎の引き出しから見つかり、鑑定士はそれらの資料も参考にしながら分析を進めた。結果は兄弟双方の予想を裏切るものだった。圭太が「有名作家の真筆」だと信じていた掛け軸は、実際には後年の模写作品で、市場価値は数万円程度にとどまることが判明した。一方、隆之が「ガラクタ」だと決めつけていた地味な色合いの陶磁器の壺は、江戸時代の希少な窯元の作とみられ、鑑定額はおよそ二百万円という結果が出た。
鑑定書を前に、兄弟はしばらく言葉を失った。自分たちの思い込みがいかに当てにならないものだったかを、目の当たりにした瞬間だった。鑑定士は「動産の相続税評価は、専門家による鑑定評価額を基準に行うのが原則です。この鑑定書があれば、税務署への説明にも使えますし、相続人同士の分割協議もスムーズに進められます」と説明してくれた。他の作品についても、市場価値がほぼゼロのものから数十万円台のものまで、点数ごとに明細のついた鑑定書が作成された。二十点近くあった作品の合計評価額は、当初隆之が想定していた金額の何倍にもなっていた。
鑑定結果をもとに、兄弟は改めて遺産分割協議を行った。価値の高かった壺は隆之が引き取り、その分の代償金を圭太に支払う形で決着した。他の作品については、鑑定額を踏まえたうえで、それぞれが思い入れのある品を選んで形見分けとした。二人はこのやり取りを分割協議書に添付する形で書面化し、鑑定書とともに保管することにした。
後日、隆之は引き取った壺を自宅の床の間に飾り、たまに訪ねてくる圭太と一緒に眺めながら、父が生前どんな思いでこの壺を手に入れたのだろうと語り合うようになった。査定額をめぐって声を荒げていたことが嘘のように、今では鑑定書のコピーを二人ともそれぞれ手元に残し、家族の記録として大切に保管している。
学びのボックス
| 動産も相続財産の一部 | 絵画・骨董品・宝石・貴金属など、価値のある動産も相続財産に含まれ、遺産分割協議や相続税評価の対象になる。 |
| 自己判断のリスク | 真贋や市場価値を相続人の記憶や感覚だけで判断すると、後から評価が覆り、分割協議のやり直しやトラブルの原因になりやすい。 |
| 専門鑑定士への依頼 | 美術品・骨董品の鑑定は、専門の鑑定士や鑑定協会に依頼し、落款・材質・技法・来歴などを踏まえた鑑定書を作成してもらうのが確実。 |
| 鑑定書の活用場面 | 鑑定書は相続税評価額の根拠として税務署への説明に使えるほか、相続人間の分割協議を客観的な数字で進める材料にもなる。 |
| 分割方法の決め方 | 評価額の高い品を引き取る相続人が、その分の代償金を他の相続人に支払う代償分割の形をとると、公平な分割がしやすい。 |
