『小規模宅地等の特例』同居親族の条件と「住民票だけ移す」の失敗[相続のお話]

『小規模宅地等の特例』同居親族の条件と「住民票だけ移す」の失敗

【8割減額の厳しい同居要件】生活実態のない形式的な同居が税務調査で否認され、数千万円の追徴課税に

杉山哲也は、父が末期がんで余命わずかと告げられたころ、税理士から思いがけない提案を受けた。「もしお父様と同居されている状態で相続を迎えれば、実家の土地について、小規模宅地等の特例が使えます。要件を満たせば、評価額を八割も減額できるので、相続税の負担が大きく軽くなります」。哲也は都心のマンションで妻子と暮らしており、実家とは離れて生活していたが、この特例の効果の大きさに心を動かされた。実家の土地は都心の一等地にあり、評価額もかなり高額になることが見込まれていた。

哲也は、父の死期が迫る中、急いで住民票だけを実家の住所に移した。実際には仕事や子供の学校の都合で、これまでどおり都心のマンションで生活を続けていたが、「住民票さえ実家にあれば同居とみなされるだろう」と、哲也は安易に考えていた。父が亡くなった後、哲也はこの特例を適用して相続税の申告を行い、実家の評価額を大幅に減額した内容で手続きを終えた。

ところが一年ほど経ったころ、税務署から調査の連絡が入った。調査官は、実家の電気・水道・ガスの使用量の推移や、哲也の通勤経路、子供の通学先などを、丹念に調べ上げていた。「実家の電気使用量は、お父様が入院されていた期間、ほとんど変化がありません。哲也さんが実際にこちらで生活されていたとは考えにくい状況です」。哲也は言葉に詰まった。子供の通学先や勤務先の所在地も、実家からの通学・通勤には無理がある距離であることが、あわせて指摘された。

「小規模宅地等の特例における『同居』は、住民票の記載だけで判断されるものではありません。実際にその建物を生活の本拠としていたかどうか、電気・水道の使用実態、通勤や通学の状況、郵便物の送付先など、さまざまな客観的事実を総合的に見て判断されます」。調査官はそう説明した。哲也は、住民票さえ移しておけば形式が整うと考えていた自分の甘さを、痛感させられた。税務署は相続税の申告のたびにこうした調査を行っているわけではないが、評価額の減額幅が大きいこの特例については、特に念入りに実態確認を行う傾向があるという。

結局、哲也の申告における同居の実態は認められず、小規模宅地等の特例の適用が否認されることになった。実家の評価額は八割減額前の本来の金額で計算し直され、追加で納めるべき相続税は数千万円にのぼった。さらに、過少申告加算税も上乗せされ、哲也が想定していた以上の重い負担がのしかかることになった。想定していた節税効果が根本から崩れたことで、資金の工面にも一から奔走しなければならなくなった。

税理士は、「この特例は非常に大きな節税効果がある分、税務署も適用の可否を厳しく審査する傾向にあります。形式だけを整えても、実態が伴っていなければ、必ずと言っていいほど見抜かれます」と、改めて念を押した。哲也は、目先の節税効果にとらわれて、安易な小細工に走ってしまったことを深く後悔した。最初から正直に事情を税理士に相談し、別の節税策を検討していれば、これほどの負担を背負わずに済んだのかもしれないと、哲也は今でも悔やんでいる。

この経験を通じて哲也は、小規模宅地等の特例のような大きな節税効果を持つ制度ほど、要件の判定が厳格に行われることを学んだ。住民票を動かすといった表面的な対応ではなく、実際に生活の実態が伴っているかどうかが問われるのだと、哲也は身をもって理解した。修正申告と追徴税の納付を終えた後、哲也は住民票を都心のマンションに戻し、実家については売却を含めて改めて活用方法を検討し始めている。

学びのボックス

小規模宅地等の特例(特定居住用宅地等)被相続人と同居していた親族が自宅の土地を相続する場合、一定面積まで評価額を8割減額できる特例。
「同居」は住民票だけで判断されない実際にその建物を生活の本拠としていたかどうかが、住民票の記載とは別に実質的に審査される。
税務調査で確認される客観的事実電気・水道・ガスの使用実態、通勤・通学の状況、郵便物の送付先などが総合的に見られる。
適用否認時のリスク同居の実態が認められないと特例が否認され、評価額が本来の金額に戻るため、数千万円規模の追徴課税や加算税が生じることがある。
大きな節税効果ほど厳格な審査評価減の効果が大きい特例ほど、税務署による実態確認が念入りに行われる傾向がある。

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