[相続のお話]遺留分侵害額請求:お金で解決する時代

遺留分侵害額請求:お金で解決する時代

封筒の中身を見た瞬間、長女の桐島美緒(四十七歳)は声を失った。

父・桐島勝三が逝去して四十九日が過ぎたころ、公証役場から呼び出しを受けて受け取った公正証書遺言。そこにはこう記されていた。「全財産を山田麗子(五十二歳)に相続させる」

山田麗子は、父が晩年に交際していた女性だった。母は五年前に他界しており、相続人は美緒と弟の一樹(四十三歳)の二人だけ。

「お父さん、私たちのことはどうなるの……」

遺言書は絶対ではない

茫然とした美緒が真っ先に連絡したのは、知人の紹介で知った相続専門の弁護士・倉田先生だった。

「遺言書の内容がどれだけ不公平でも、法定相続人には『遺留分』という最低限の取り分が法律で保障されています。今回のケースでは、請求できる権利があります」

遺留分とは、一定の相続人に保障された遺産の最低取り分だ。子の場合、法定相続分の二分の一が遺留分となる。父の遺産総額が八千万円とすれば、法定相続分は美緒と一樹それぞれ二分の一、つまり各四千万円。その半分の二千万円ずつが遺留分となる。

「物」ではなく「お金」で返してもらう

「では、父の自宅や預金を分けてもらえるのですか?」と美緒は尋ねた。

「2019年の民法改正で、遺留分の請求方法が変わりました。以前は財産そのものを取り戻す『物権的請求権』でしたが、改正後は金銭の支払いを求める『侵害額請求権』に一本化されています」

つまり、山田麗子に対して「遺留分侵害額に相当するお金を払いなさい」と請求するのだ。自宅の共有持分を要求して泥沼化する事態を避けられる、現代的な解決策だ。

「ただし、請求できる期限があります。遺留分の侵害を知ったときから一年以内に、意思表示をしなければなりません。早急に動きましょう」

内容証明郵便という第一手

倉田先生の指示のもと、美緒と一樹は連名で山田麗子に内容証明郵便を送った。「遺留分侵害額として各二千万円の支払いを請求する」という内容だ。これで時効の進行が止まり、請求の意思が法的に記録される。

山田麗子は弁護士を立てて応答してきた。父の財産のうち自宅不動産の評価や生前贈与の有無などをめぐって双方が主張を戦わせたが、約八ヶ月の交渉を経て、美緒・一樹それぞれに一千八百万円を支払う内容で和解が成立した。

感情ではなく、権利で向き合う

和解書に署名を終えた夜、美緒は弟に電話した。

「麗子さんを恨み続けても何も変わらない。お父さんの気持ちは最後まで私にはわからなかったけど、私たちの権利はちゃんと守れた」

一樹は少し間を置いてから言った。「そうだね。法律があってよかった」

遺留分侵害額請求は、感情的な争いを「金銭での解決」に置き換える制度だ。請求できる期限は短く、計算も複雑なため、気づいたらすぐに専門家に相談することが何より大切だ。

学びのボックス]遺留分侵害額請求のポイント


遺留分とは法定相続人に最低限保障された相続財産の取り分。配偶者・子は法定相続分の1/2、直系尊属のみの場合は1/3。
2019年改正のポイント改正前は遺留分を「物」で返還請求できたが、改正後は金銭債権のみに一本化。遺産の共有状態が生じにくくなった。
侵害額の計算式遺留分侵害額=(遺留分算定基礎財産×遺留分割合)-(特別受益)-(法定相続分で取得した遺産額)
請求の時効遺留分の侵害を知ったときから1年以内に意思表示(内容証明郵便など)が必要。知らなくても相続開始から10年で消滅。
支払い猶予の申立て請求された受遺者・受贈者が金銭の準備が困難な場合、裁判所に支払い期限の猶予を申し立てることができる(民法1047条5項)。

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