[相続のお話]『家なき子特例』を狙った住民票トリック

『家なき子特例』を狙った住民票トリック

「この特例を使えば相続税が半分以下になる。なんとか要件を満たせないか」

一人暮らしの母・河野節子が他界して一週間。長男の河野徹(五十二歳)は、ネットで調べた「家なき子特例」の文字を前に、焦りとともに計算を始めていた。

母が住んでいた千葉県内の一戸建て。土地の評価額は約四千万円。小規模宅地等の特例のうち「家なき子特例」が使えれば、評価額が八十%減——つまり八百万円になる。相続税の差額は数百万円規模になる。

問題は、徹が三年前に自分名義でマンションを購入していることだった。特例の要件には「相続開始前三年以内に自己が所有する家屋に住んでいないこと」とある。

「住民票だけ、妻の実家に移しておけばよかったんだろうか……」

「住民票の住所」だけでは足りない

税理士の伊藤先生に相談すると、先生は開口一番に言った。

「家なき子特例は、住民票の住所だけで判断される制度ではありません。税務署は実際の居住実態を調べます」

「居住実態というのは、具体的に何を調べるんですか」

「電気・ガス・水道の使用履歴、通勤経路、カードの利用明細の場所、近隣住民への聴取、宅配便の配達履歴——様々な情報から、実際にどこに住んでいたかを総合的に判断します。形式だけ住所を移しても、生活の実態がそこにないと認定されれば、特例は否認されます」

徹は言葉を失った。「否認されたら、どうなりますか」

「申告した税額との差額に加え、過少申告加算税が十~十五%。悪意があると判断されれば重加算税——差額の三十五~四十%——が課されます。延滞税も加算されます。場合によっては刑事罰の対象になることもあります」

2018年改正で「抜け道」が塞がれた

「以前はもっと要件が緩かったと聞きましたが」と徹は尋ねた。

「そうです。二〇一八年以前は、自分の持ち家を子供や親族に売却・贈与してから申請するという形で特例を悪用するケースがありました。改正後は、相続開始前三年以内に三親等内の親族や同族会社が所有する家屋に住んでいないこと、さらに相続開始時に居住していた家屋を過去に一度も所有したことがないことが要件に加わりました。抜け道はほぼ塞がれています」

「正当に使える」か、正直に確認する

「では、私には特例は使えないんですか」と徹は肩を落とした。

「今の状況では難しいでしょう。ただ、仮に今後売却・転居して賃貸住宅に移り、三年以上住み続ければ、次の相続(たとえば配偶者が亡くなった場合)では正当に要件を満たす可能性があります。特例は脱法的に使うのではなく、要件を自然に満たすよう生活設計することが大切です」

徹は深呼吸をした。「特例なしで申告します。それが正しいやり方だとわかりました」

家なき子特例は、正当な要件を満たした人のための制度だ。住民票の操作や形式だけの転居で「要件を作る」試みは、税務署の実態調査の前に必ず崩れる。脱法ではなく、正攻法で節税を考えること——それが、長期的に見て最も賢い選択だ。

学びのボックス:家なき子特例のポイントと注意点


家なき子特例とは被相続人と同居していない相続人でも、一定の要件を満たせば「小規模宅地等の特例」を適用でき、居住用宅地の評価額を80%減額できる制度(租税特別措置法69条の4)。
家なき子特例の主な要件①相続開始前3年以内に、自己・配偶者・3親等内親族・同族会社が所有する家屋に住んでいないこと、②相続開始時に居住していた家屋を過去に一度も所有したことがないこと(2018年改正後)。
住民票操作は通用しない税務署は住民票の住所だけでなく、実際の居住実態(光熱費・通勤経路・近隣住民への聴取など)を総合的に調査する。形式だけ住所を移しても、実態が伴わなければ特例は否認される。
否認された場合のリスク特例を不正に適用した場合、追加納税・過少申告加算税(10〜15%)・悪意があれば重加算税(35〜40%)・延滞税が課される。租税回避と認定されれば刑事罰に至る場合もある。
正当に活用するために家なき子特例を正当に使うには、相続開始の3年以上前から賃貸住宅に実際に居住し、自己名義や親族名義の家を所有しないことが必要。税理士との早期相談で要件充足を確認する。

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