借金が判明!『熟慮期間の伸長』を申立て
期限間際に発覚した債務と、家庭裁判所への熟慮期間伸長申立てのリスク管理
西田拓也の父・正吾が亡くなったのは、二月の初めだった。拓也は一人っ子で、母はすでに他界していたため、相続人は拓也一人だけだった。実家の土地建物と、ある程度の預貯金。財産の内容はおおむね把握できていたし、特に揉める相手もいない。拓也は淡々と、遺品整理と各種手続きを進めていった。父は寡黙な人で、生前から金銭的な話を家族にすることはほとんどなかったが、それが後になってこれほどの問題につながるとは、拓也は想像もしていなかった。
事態が急変したのは、父の死から二か月半が過ぎた頃だった。見知らぬ不動産会社を名乗る人物から、拓也のもとに一本の電話がかかってきた。「お父様が生前、弊社を通じて投資用マンションを購入されていまして、ローンの残債についてご相談があります」。拓也は耳を疑った。父からそんな話は一度も聞いたことがなかった。慌てて調べてみると、父は数年前、知人に勧められて地方の投資用マンションを購入しており、その購入資金の大半を金融機関からの借入で賄っていたことが分かった。残債はおよそ千二百万円。しかも物件の家賃収入だけでは返済が追いつかず、赤字が積み重なっていた形跡もあった。
拓也は頭を抱えた。相続放棄をするかどうかは、相続の開始を知った時から三か月以内に判断しなければならない、いわゆる「熟慮期間」があることは知っていた。父が亡くなってすでに二か月半が経過しており、残された時間は二週間ほどしかない。実家の資産価値、投資マンションの正確な残債額、他にも借金がないかの調査、これらをすべて洗い出して、プラスとマイナスのどちらが大きいかを見極めるには、あまりに時間が足りなかった。中途半端な調査のまま安易に判断すれば、後で取り返しのつかないことになりかねない。夜も眠れないまま資料をかき集める日々が続いた。
慌てた拓也は、相続に詳しい司法書士に相談した。「このような場合、家庭裁判所に『熟慮期間の伸長』を申し立てるという方法があります。財産や負債の調査に時間がかかる正当な事情があれば、期間を延ばしてもらえる可能性が高いです」。司法書士はそう説明してくれた。申立ては、相続放棄と同じく、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に対して行い、まだ三か月の期間内であれば手続きができるという。期間が過ぎてしまってからでは原則として認められないため、まさに時間との勝負だった。
拓也は司法書士のサポートを受けながら、期間満了の数日前に伸長の申立てを行った。申立書には、投資用マンションの存在が直前に発覚したこと、残債の全容や他の負債の有無を調査する必要があることを具体的に記載した。数週間後、家庭裁判所からは無事に三か月の伸長が認められる審判が下りた。
延長された期間の中で、拓也は投資マンションの管理会社や金融機関に問い合わせを重ね、残債の詳細と実家の資産価値を丁寧に比較した。信用情報機関にも照会をかけ、他に隠れた借金がないかも念入りに確認した。物件の管理費や修繕積立金の滞納も新たに判明し、負債の総額は当初の想定よりさらに膨らんでいた。最終的に、負債の総額が資産を上回ることが判明し、拓也は家庭裁判所に相続放棄を申述することを決断した。もし熟慮期間の伸長という制度を知らなければ、十分な調査もできないまま、知らずに多額の借金を背負う単純承認をしてしまっていたかもしれない。拓也はその可能性を思うたびに、今でも冷や汗をかく。
学びのボックス
| 熟慮期間とは | 相続人が単純承認・限定承認・相続放棄のいずれかを選択するために与えられた、相続の開始を知った時から3か月の検討期間。 |
| 熟慮期間の伸長とは | 財産や負債の調査に時間がかかる正当な事情がある場合、家庭裁判所に申し立てることで熟慮期間を延ばせる制度。 |
| 申立ての要件・期限 | 熟慮期間が満了する前に、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所へ申し立てる必要がある。期間経過後は原則として認められない。 |
| 何も選択しなかった場合 | 熟慮期間内に相続放棄も限定承認もしなければ、単純承認したものとみなされ、借金も含めてすべての財産を相続することになる。 |
| 伸長期間中にすべきこと | 金融機関や信用情報機関への照会、不動産や投資物件の資産価値調査など、プラス・マイナス双方の財産を漏れなく洗い出すことが重要。 |
