[相続のお話]『遺言執行者』に指定された長男の苦悩

『遺言執行者』に指定された長男の苦悩


財産目録の通知義務と単独行使権限、弟からの圧力に弁護士とともに毅然と対応

中川誠一は、父の遺言書が開封された瞬間、自分が遺言執行者に指定されていたことを知った。長男として当然だろうという思いもあったが、同時に、この先に待ち受ける責任の重さを実感し、身が引き締まる思いだった。相続人は誠一と、二歳下の弟・健二の二人だけ。財産は自宅不動産と、いくつかの預貯金口座、そして株式が少々というものだった。喪主としての務めを終えたばかりの誠一にとって、休む間もなく次の重責が舞い込んできた形だった。

遺言執行者としての最初の仕事は、相続財産の調査と財産目録の作成、そしてそれを相続人全員に通知することだった。誠一は司法書士のサポートを受けながら、預貯金の残高証明を取り寄せ、不動産の評価額を確認し、丁寧に財産目録を作成した。慣れない専門用語や書類の多さに戸惑いながらも、誠一は一つずつ確認しながら作業を進めた。「遺言執行者は、就任後遅滞なく相続財産の目録を作成し、相続人に交付しなければならないと民法で定められています」。司法書士はそう説明してくれた。誠一は言われたとおり、目録を健二にも送付し、内容を確認してもらった。

ところが、健二の反応は誠一の想像とは違うものだった。「なんでお前が勝手に全部決めるんだ。俺にも意見を言う権利があるはずだ」と、健二は目録の内容に納得できない様子で、頻繁に電話をかけてくるようになった。遺言の内容は、法定相続分とほぼ同じ配分だったが、自宅を誠一が単独で相続する条項が含まれていたことに、健二は不満を募らせていたようだった。「勝手に名義変更なんかしたら、承知しないからな」という強い言葉まで浴びせられ、誠一は精神的に追い詰められていった。実の弟からの言葉だけに、法律論以前に、感情的なわだかまりも積み重なっていった。

遺言執行者には、遺言の内容を実現するために必要な一切の行為をする権限が単独で認められており、相続人の同意を得る必要はない。民法上、遺言執行者がある場合、相続人は相続財産の処分など執行を妨げる行為をすることができないとも定められている。誠一はそのことを知ってはいたが、実の弟から日常的に圧力をかけられる状況では、冷静な判断を続けることが難しくなっていた。仕事中にも健二からの着信が続き、誠一は次第に電話に出ることすら億劫になっていった。思い余った誠一は、相続に詳しい弁護士に相談することにした。

弁護士は、「遺言執行者としての誠一さんの権限は法律で保障されています。健二さんの同意がなくても、遺言内容どおりに手続きを進めることは可能です。ただし、感情的な対立が続くと、後々のトラブルに発展しかねません。今後のやり取りは私が窓口として代わりに対応しましょう」と提案してくれた。誠一は弁護士に業務の一部を復任し、健二との直接のやり取りは弁護士を通すことにした。

第三者である弁護士が間に入ったことで、健二からの感情的な圧力は次第に落ち着いていった。財産目録の内容や名義変更の根拠が、弁護士から法的に整理された形で説明されると、健二も渋々ながら遺言内容を受け入れるようになった。半年後、不動産の名義変更と預貯金の解約手続きはすべて完了し、誠一は執行完了報告書を作成して健二に送付した。今では健二との連絡も落ち着き、盆と正月には顔を合わせる関係に戻っている。「あのとき弁護士を挟んでいなかったら、今も口も利いていなかったかもしれない」と、誠一は振り返る。

学びのボックス


遺言執行者とは遺言の内容を実現するために必要な行為をする権限を持つ者。遺言者が指定するか、家庭裁判所が選任する。
財産目録の作成・通知義務就任後遅滞なく相続財産の目録を作成し、相続人全員に交付しなければならないと民法で定められている。
単独行使権限遺言執行者は、遺言の内容を実現するために必要な行為を相続人の同意なく単独で行うことができる。
相続人の妨害行為の制限遺言執行者がいる場合、相続人は相続財産の処分など、執行を妨げる行為をすることができない。
専門家への相談・復任相続人との間で感情的な対立が生じた場合、弁護士に相談・業務の一部を委任し、窓口を専門家に任せることで冷静な対応がしやすくなる。

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