『養子縁組』で基礎控除を増やしたはずが
税務上算入できる養子の数の制限と、正しい節税設計の学び直し
岡本雄一郎は、地元で不動産賃貸業を営む資産家だった。息子が一人いたが、相続税対策には以前から関心が高く、知人の紹介で相続専門の税理士とは別に、ある節税セミナーに参加したことがきっかけで、「養子縁組による基礎控除の拡大」という方法を知った。所有するアパートやマンションの評価額を考えると、将来の相続税は決して軽い額ではなく、雄一郎はかねてから何か手を打たなければと感じていた。
セミナー講師の話では、相続税の基礎控除額は「三千万円プラス六百万円かける法定相続人の数」で計算される。法定相続人が一人増えれば、基礎控除は六百万円増える。加えて、生命保険金や死亡退職金の非課税枠も、法定相続人の数に応じて拡大する。雄一郎は、目に入れても痛くないほど可愛がっている孫の翔太を養子に迎えれば、法定相続人が一人増え、まとまった節税効果が得られるはずだと考えた。
雄一郎は早速、翔太の両親である息子夫婦に相談し、快諾を得たうえで養子縁組の手続きを進めた。区役所に養子縁組届を提出し、無事に翔太は雄一郎の養子となった。「これで基礎控除が六百万円増えるはずだ」と、雄一郎はすっかり満足していた。孫が正式に自分の子になったことへの感慨も相まって、この決断に一切の迷いはなかった。
ところが、顧問税理士に改めて相続税のシミュレーションを依頼したところ、思いがけない指摘を受けた。「たしかに養子縁組によって法定相続人の数は増えますが、相続税の計算上、基礎控除や生命保険の非課税枠に算入できる養子の数には制限があります。実子がいる場合は一人まで、実子がいない場合でも二人までしか算入できません」。税理士はそう説明した。民法上の養子縁組そのものには人数制限がないため、この税法上の区別を知らずに複数の孫を養子にしてしまう資産家は少なくないという。
雄一郎には実子である長男がすでにいたため、養子として算入できるのは翔太一人までであり、今回の養子縁組はちょうどその上限内に収まっていた。しかし税理士は続けて、「もし今後、他のお孫さんもさらに養子にしようとお考えなら、二人目以降は税務上の基礎控除や非課税枠の計算には反映されません。民法上は何人でも養子縁組ができますが、税法上のカウントはあくまで別物なのです」と釘を刺した。雄一郎には他にも三人の孫がおり、実は「いずれ他の孫たちも養子にできないか」と密かに考えていたところだった。
雄一郎は胸をなで下ろす一方で、自分がこの制限を知らないまま複数の孫を養子にしていたら、期待した節税効果を得られず、無駄な手続きだけが残っていたかもしれないと肝を冷やした。さらに税理士は、「相続税を減らす目的だけが明らかな養子縁組は、税務署から否認されるリスクもあります。今回のように、実質的な扶養や資産承継の意図がある養子縁組であることを説明できるようにしておくことが大切です」と付け加えた。
雄一郎はこの一件を通じて、節税策として広く知られている方法にも、細かい制限や落とし穴があることを痛感した。今では、新しい節税策を耳にするたびに、必ず顧問税理士に確認してから実行に移すようにしている。翔太との養子縁組そのものは、節税効果だけでなく、家族としての絆を確かめる良い機会にもなったと、雄一郎は今では前向きに捉えている。残る三人の孫については、養子縁組ではなく、暦年贈与や教育資金の一括贈与など、別の方法で少しずつ財産を移していくことを税理士とともに検討し始めている。
学びのボックス
| 基礎控除の計算式 | 相続税の基礎控除額は「3,000万円+600万円×法定相続人の数」で計算され、法定相続人が1人増えると600万円拡大する。 |
| 養子縁組と法定相続人の数 | 民法上、養子縁組の人数に制限はないが、相続税の計算に算入できる養子の数には税法上の上限がある。 |
| 税務上の養子の算入制限 | 実子がいる場合は養子1人まで、実子がいない場合は養子2人までしか、基礎控除や生命保険の非課税枠の計算に算入できない。 |
| 非課税枠にも同様の制限 | 生命保険金・死亡退職金の非課税枠(500万円×法定相続人の数)も、同じ養子の算入制限の対象になる。 |
| 節税目的のみの養子縁組のリスク | 相続税を減らす目的だけが明らかな養子縁組は、税務署から否認される可能性がある。実質的な扶養や資産承継の意図を説明できることが望ましい。 |
