『遺留分侵害額請求』金銭解決と利息の罠
現金がない相続人がとった、裁判所への支払期限猶予申立て
坂口宏樹は、父が遺した実家の土地建物を、遺言によってすべて相続していた。弟の亮太は、この遺言の内容に納得できず、弁護士を通じて内容証明郵便を送り、遺留分侵害額請求の意思表示をしてきた。宏樹は自分に不動産以外にまとまった現金がないことを知っていたため、この請求を受けたとき、深い焦りを覚えた。実家を売るくらいなら住み続けたいという思いもあり、宏樹の悩みは尽きなかった。
「昔は遺留分を侵害された場合、不動産そのものを取り戻す『減殺請求』という形が取られ、結果的に土地が共有状態になることも珍しくありませんでした。しかし民法改正によって、現在は金銭で解決する『遺留分侵害額請求』に一本化されています。亮太さんは、宏樹さんに対して、遺留分に相当する金額を金銭で支払うよう求めることができるのです」。宏樹が相談した弁護士は、そう説明した。
宏樹にとって、この改正はありがたい面もあった。土地が共有状態になって、亮太と一緒に不動産を管理していかなければならない事態は避けられたからだ。しかし、いざ請求額を算定してみると、実家の評価額を踏まえた遺留分侵害額は数百万円にのぼり、宏樹の手元にある現金だけでは到底支払いきれない金額だった。
「支払いが遅れると、どうなるのでしょうか」と宏樹が尋ねると、弁護士は厳しい現実を伝えた。「遺留分侵害額請求権は、請求を受けた時点から金銭債務としての履行期が到来するとされています。支払いが遅れれば、年三パーセントの割合による遅延損害金が発生します。この利率は法定利率で、三年ごとに見直される変動制ですが、当面はこの水準が適用されます」。宏樹は、時間が経てば経つほど、支払うべき金額が膨らんでいくことに強い不安を感じた。数百万円という元本に、日々利息が積み重なっていく状況を想像すると、夜も眠れなくなるほどだった。
弁護士はここで、宏樹にとって重要な救済策を教えてくれた。「民法には、金銭を直ちに準備できない受遺者や受贈者のために、裁判所が支払期限の猶予を許与できる制度が用意されています。裁判所に申立てを行い、事情が認められれば、一定の期間、支払いを猶予してもらうことができるのです」。宏樹は初めて聞く制度に、わずかながら光明を見出した。
宏樹は弁護士のサポートを受けながら、遺留分侵害額請求をめぐる訴訟手続きの中で、裁判所に支払期限の猶予を求める主張を行った。準備書面には、相続した不動産の売却を進めている事情や、それまでの生活状況、亮太への支払い意思があることなどを具体的に記載した。審理の結果、裁判所は宏樹の事情を考慮し、判決の中で一年間の支払期限の猶予を認めた。この猶予が認められたことで、宏樹はようやく落ち着いて次の対策を考える余裕を取り戻すことができた。
猶予期間中、宏樹は実家の売却活動を進め、無事に買主を見つけることができた。売却代金の一部を、猶予された期限内に亮太へ支払い、遅延損害金の発生を最小限に抑えることができた。もし猶予制度を知らずに放置していれば、利息だけがどんどん膨らみ、さらに厳しい状況に追い込まれていたかもしれない。
この経験を通じて宏樹は、遺留分侵害額請求が金銭債務として扱われる以上、支払いの遅れには利息が伴うという厳しさと同時に、事情によっては裁判所が猶予を認めてくれる仕組みがあることを学んだ。不動産はあっても現金がないという相続人は決して珍しくないだけに、こうした制度の存在を知っておくことの重要性を、宏樹は身をもって理解した。
学びのボックス
| 遺留分侵害額請求の金銭債権化 | 改正民法により、遺留分侵害額請求は不動産の共有化を伴う「減殺請求」から、金銭の支払いを求める権利に一本化された。 |
| 履行遅滞と遅延損害金 | 遺留分侵害額請求権は請求を受けた時点から金銭債務の履行期が到来し、支払いが遅れると法定利率(年3%、3年ごとに変動)による遅延損害金が発生する。 |
| 支払期限の猶予制度とは | 金銭を直ちに準備できない受遺者・受贈者のために、裁判所が支払期限の猶予を許与できる制度が民法に用意されている。 |
| 猶予を得るための主張立証 | 遺留分侵害額請求の訴訟手続きの中で、不動産の売却など資金調達の見通しや、支払い意思があることを具体的に示すことが重要になる。 |
| 猶予期間中にすべきこと | 猶予された期間内に、不動産の売却など現実的な資金調達の手立てを進め、期限内の支払いを実現することが、遅延損害金の拡大を防ぐ鍵になる。 |
