価値のない山林を国に返す「相続土地国庫帰属制度」
【最新動向:相続土地国庫帰属制度の実務】
静岡県の山間部に、亡き父から山林を相続した会社員・田中一郎(45)は困惑していた。父が代々管理してきた三ヘクタールの山林には作業道もなく、境界もあいまいなまま、固定資産税と森林組合への協力金だけがかさむ「負動産」と化していた。都市部で暮らす一郎には現地を訪れる時間もなく、売却しようにも山林の買い手はまず見つからない。放置すれば倒木や獣害で近隣とのトラブルの種にもなりかねず、一郎は毎年届く納税通知書を見るたびに気が重くなっていた。相続してから三年、山林は誰の役にも立たないまま、ただ税金だけを生み続けていた。
そんな折、一郎は令和五年四月に始まった「相続土地国庫帰属制度」の存在を知る。相続や遺贈によって取得した不要な土地を、一定の要件のもとで国に引き取ってもらえる新しい制度だという。相続放棄と違い、預貯金など他の財産はそのまま受け継げる点にも惹かれ、「これで長年の悩みから解放される」と期待を胸に、一郎は法務局へ相談に向かった。窓口の担当者は丁寧だったが、説明を聞くほどに、道のりの長さが見えてきた。
しかし現実は思いのほか厳しかった。まず申請の際、審査手数料として土地一筆あたり一万四千円を納める必要がある。しかもこの手数料は、審査の結果が却下や不承認であっても一切返還されない。さらに承認された後も、土地を国庫に帰属させるためには、十年分の管理費に相当する「負担金」を別途納付しなければならない。原則は一筆二十万円だが、山林の場合は面積に応じて算定され、条件によっては数十万円から百万円近くに達することもあると聞き、一郎は言葉を失った。しかも負担金は申請時ではなく承認通知を受けてから三十日以内に納付する必要があり、資金の準備にも時間的な余裕がなかった。
追い打ちをかけたのが境界確定の要件だった。祖父の代から曖昧なままだった山林の境界を、隣接地の所有者との合意のもとで確定させ、境界を示す資料を添付しなければ、そもそも申請すら受け付けてもらえない。隣接地の一筆は所有者不明のまま数十年放置されており、一郎は土地家屋調査士に依頼し、測量と戸籍をたどっての所有者探索を並行して進めることになった。想定していなかった調査費用も、じわじわと家計にのしかかった。担当の調査士からは「山林の境界確定は平地より時間がかかるのが通例」と告げられ、一郎は覚悟を決めるしかなかった。
半年がかりで隣接地所有者の相続人をたどり合意を取り付け、ようやく境界を確定させた一郎は、必要書類一式をそろえて申請にこぎつけた。承認までには数か月を要するといい、結果が出るのはまだ先のことだ。それでも一郎は「相続放棄と違って他の財産まで手放す必要がないのは大きい。ただし手間もお金もかかり、決して簡単な制度ではない」と実感を語る。制度を過信せず、早い段階から専門家に相談することの大切さを、一郎は身をもって学んだのだった。
学びのボックス
| 相続土地国庫帰属制度 | 令和五年四月開始。相続・遺贈で取得した不要な土地を国が引き取る制度 |
| 審査手数料 | 土地一筆あたり一万四千円。却下・不承認となっても返還されない |
| 負担金 | 承認後三十日以内に納める十年分の管理費相当額。原則二十万円、山林等は面積に応じ増額 |
| 境界確定 | 隣接地所有者との合意による境界確定と資料添付が申請の前提条件 |
