『遺産分割の10年ルール』特別受益の持ち戻しができなくなる日[相続のお話]

『遺産分割の10年ルール』特別受益の持ち戻しができなくなる日

【2023年改正法:10年経過後の遺産分割】父の死後12年で始まった協議、特別受益の主張が原則不可になるタイムリミット

中村浩一は、父が亡くなってから実に十二年もの間、遺産分割協議を先送りにしてきた。実家の不動産の名義変更を特に急ぐ理由もなく、弟の直樹とも折々に「そのうちちゃんと話し合おう」と言い合いながら、月日だけが過ぎていった。ようやく重い腰を上げたのは、浩一自身が定年退職を迎え、これを機に身の回りを整理しようと考えたことがきっかけだった。実家は誰も住まないまま空き家となっており、固定資産税だけが淡々と請求され続けていた。

いざ協議を始めようとしたとき、浩一の頭には、ずっと胸に引っかかっていたことがあった。直樹は結婚して家を建てる際、父から相当額の資金援助を受けていたのだ。「あのとき直樹はまとまったお金をもらっていたはずだ。それは特別受益として、今回の遺産分割で考慮されるべきだろう」。浩一はそう考え、司法書士に相談することにした。

ところが司法書士から返ってきたのは、浩一にとって思いもよらない答えだった。「令和五年四月の民法改正により、相続開始時から十年を経過した後に行う遺産分割では、原則として特別受益や寄与分の主張をすることができなくなりました。今回のケースでは、お父様が亡くなってから既に十二年が経過していますので、直樹さんが受けた資金援助を特別受益として主張することは、基本的に認められません」。

浩一は耳を疑った。「せっかく証拠となる当時のやり取りも覚えているのに、時間が経ちすぎているというだけで、主張すらできなくなるということですか」。司法書士は続けた。「そのとおりです。この改正の趣旨は、長期間放置された遺産分割を早期に決着させることにあります。十年という期間を過ぎると、特別受益や寄与分といった個別事情を考慮せず、法定相続分、あるいは遺言で指定された相続分に基づいて、機械的に分割することになるのです」。かつては何十年経っても特別受益の主張が可能だったことを思うと、この改正がいかに大きな転換点であるかを、浩一は改めて実感した。

「ただし、例外もあります。十年が経過する前に、家庭裁判所に遺産分割の請求をしていた場合や、相続人に、期間内に請求できなかったやむを得ない事情があったと認められる場合には、期間経過後であっても、特別受益などの主張が認められる余地があります」。浩一は、自分たちのケースにそうした事情があったかを振り返ってみたが、単に協議を先延ばしにしていただけで、特段のやむを得ない事情があったとは言い難かった。互いに忙しさにかまけていただけという事実が、これほど重い結果につながるとは、浩一は考えてもみなかった。

結局、浩一は特別受益の主張を諦めざるを得なかった。実家の不動産と預貯金は、法定相続分どおり、浩一と直樹で二分の一ずつ分けることになった。浩一は複雑な思いを抱えながらも、これ以上時間をかけて争うことに意味を見出せず、この結論を受け入れることにした。直樹は特に何も言わなかったが、内心では兄の胸中を察していたのか、以前より頻繁に連絡を取り合うようになった。

この経験を通じて浩一は、遺産分割を先延ばしにすることが、単なる手間の問題にとどまらず、法律上主張できる権利そのものを失わせる結果につながりかねないことを痛感した。相続が発生したら、できるだけ早い段階で遺産分割協議に着手することの重要性を、浩一は身をもって学んだ。手続きを終えた後、浩一は自分の子供たちにも、いずれ相続が発生した際は先延ばしにせず早めに動くようにと、この経験を伝えるようにしている。

学びのボックス

遺産分割の10年ルールとは令和5年4月の民法改正により、相続開始時から10年を経過した後の遺産分割では、原則として特別受益や寄与分の主張ができなくなった。
改正の趣旨長期間放置された遺産分割を早期に決着させ、所有者不明土地問題などの発生を防ぐことが目的とされている。
10年経過後の分割方法特別受益や寄与分といった個別事情を考慮せず、法定相続分または遺言で指定された相続分に基づいて機械的に分割することになる。
例外となるケース10年経過前に家庭裁判所へ遺産分割の請求をしていた場合や、期間内に請求できなかったやむを得ない事情がある場合は、期間経過後でも主張が認められる余地がある。
早期の遺産分割協議の重要性協議の先延ばしは、単なる手間の問題にとどまらず、法律上主張できる権利そのものを失わせるリスクがある。

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