『未支給年金』と『死亡一時金』は相続財産?それとも遺族の固有財産?[相続のお話]

『未支給年金』と『死亡一時金』は相続財産?それとも遺族の固有財産?

坂本健一の父・正彦は、八十四歳で亡くなった。母はすでに他界しており、父と同居して介護をしていたのは長男の健一だ。次男の哲也と長女の理沙は、それぞれ別の都市で暮らしていた。葬儀を終えて数週間後、健一は年金事務所から案内を受け、父の未支給年金を請求した。年金は受け取る月の分が後から支払われる仕組みのため、亡くなった月までの分に未払いが生じていたのだ。住民票や戸籍謄本などの書類をそろえるのは手間だったが、数週間後、約三十万円が健一の口座に振り込まれた。

その話を聞いた哲也が、電話口で言った。「それは父さんの遺産だろう。遺産分割協議の対象にして、三人で分けるべきじゃないか」。健一は戸惑い、胸の内にもやもやしたものを抱えた。自分が書類をそろえて請求し、自分の口座に入ったお金だ。理沙は「揉めたくないけれど、はっきりさせたい」と間に入りながらも、「でも、父さんの年金だったお金でしょう」と首をかしげた。話は平行線のまま、兄弟の間に気まずい空気が流れた。

三人は、相続の相談で世話になった税理士のもとを訪ねた。税理士は、順を追って説明した。「未支給年金は、亡くなった方が受け取るはずだったのに、受け取らないまま亡くなった年金です。国民年金法などでは、亡くなった方と生計を同じくしていた遺族が、自分の名前で請求できると定められています。つまり、請求できる遺族の固有の権利であって、亡くなった方の遺産ではありません」。

請求できる順位も決まっているという。配偶者、子、父母、孫、祖父母、兄弟姉妹の順で、いずれも亡くなった方と生計を同じくしていた人が対象だ。今回は、母がすでに亡くなっており、同居していた健一が子として請求できる立場にあった。別々に暮らしていた哲也と理沙は、請求の対象外になる。請求には期限もあり、受給権者が亡くなった日の翌日から五年以内とされている。哲也は、黙って聞いていた。

「そして、固有の権利ですから、遺産分割協議の対象にはなりませんし、相続税もかかりません。ただし、受け取った健一さん自身の、一時所得として扱われます。他の一時所得と合わせて、五十万円の特別控除の範囲内であれば、課税されないことが多いです」。税理士の言葉に、健一はほっとした。申告が必要かどうかも、あらためて確認しておくと言ってもらえて心強かった。

哲也は、もう一つ気になっていたことを尋ねた。「死亡一時金というのも、もらえると聞いたのですが」。税理士は答えた。「死亡一時金は、国民年金の保険料を一定期間以上納めたまま、年金を受けずに亡くなった方の遺族に支払われるものです。お父さまは老齢基礎年金を受けていましたから、対象にはなりません。ただ、対象になる場合も、遺族が受け取る固有の権利で、相続税の課税対象にはなりません」。

三人は、未支給年金と死亡一時金が、遺産とは別のものだと理解した。哲也は、健一に「疑ってすまなかった」と頭を下げた。健一は、「母さんが亡くなってからずっと父の面倒を見てきたから、少しだけ報われた気持ちだ」と笑顔を見せた。

年金に関する手続きは、遺産分割とは別の窓口と期限がある。今回の経験で、健一たちは、どの財産が遺産で、どの財産が遺族固有のものなのかを、最初に整理することの大切さを学んだ。話し合いの前に、事実を確認することが、兄弟の関係を守る近道なのだと、三人は今では考えている。

学びのボックス

未支給年金とは年金を受け取る権利のある人が、受け取る前に亡くなった場合の未払いの年金。亡くなった人と生計を同じくしていた遺族が、自分の名前で請求できる。
請求できる順位配偶者、子、父母、孫、祖父母、兄弟姉妹などの順で、亡くなった人と生計を同じくしていた人が対象。請求は原則として5年以内。
遺産か固有の権利か未支給年金も死亡一時金も、請求した遺族の固有の権利で、遺産分割協議の対象にならず、相続税もかからない。
所得税の扱い未支給年金は、受け取った遺族の一時所得になる。他の一時所得と合わせて特別控除50万円の範囲内なら課税されないことが多い。
死亡一時金の対象国民年金の保険料を一定期間以上納めたまま、年金を受けずに亡くなった人の遺族に支払われる。老齢基礎年金を受けていた場合は対象外。

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