『相続財産清算人』身寄りも遺言もない遺産のゆくえ
【相続人不在の遺産整理と国庫帰属】申立てから公告、債権者への弁済、特別縁故者への分与、国庫帰属までの全体の流れ
村瀬健一は、四十年来の友人だった大西正夫を看取った。正夫は八十歳。結婚歴はなく、両親も兄弟もすでに他界し、子供もいない。入院中の費用や葬儀の手配をする人が誰もいなかったため、健一が病院の未払い分と葬儀費用を立て替え、小さな葬儀を営んだ。何の権限もないまま費用を立て替えたことに、健一は一抹の不安を感じていた。
葬儀が終わると、後に残されたのは、正夫の預金と、人の住まなくなった古い自宅だった。遺言はなく、相続手続きを進められる人もいない。預金口座は凍結され、自宅は荒れていく一方だった。健一は、立て替えた費用が戻ってくるのかどうかも分からず、司法書士に相談した。
「まず、正夫さんに本当に相続人がいないのかを確かめる必要があります。出生から亡くなるまでの戸籍を集めて調べましょう」。司法書士はそう言い、戸籍の調査を進めた。戸籍の収集と確認には数週間かかったが、結果は、配偶者も子も親も兄弟姉妹もおらず、相続人がいない、という内容だった。生前の正夫が、親族づきあいをほとんどしていなかった理由が、あらためて分かる気がした。「こうした場合、相続財産は法人とみなされ、その管理や清算を担う『相続財産清算人』を、家庭裁判所に選んでもらう手続きになります」。
「申立てができるのは、利害関係人です。健一さんは、立て替えた費用の返還を求める債権者にあたるので、申し立てる資格があります。ただし、清算人への報酬などを賄うための予納金を、家庭裁判所から求められることもあります」。健一は、立替金の回収のために、さらにお金を準備しなければならないかもしれないと知り、複雑な思いを抱いた。それでも、放っておけば自宅は朽ちていくばかりだった。健一は申立てに踏み切った。
家庭裁判所は、弁護士を相続財産清算人に選任し、その旨と、相続人がいるなら名乗り出るようにという趣旨を公告した。この相続人を捜す公告の期間は、六か月以上と定められている。公告は官報などに掲載されるため、健一は半年以上にわたって、静かに結果を待つことになった。あわせて清算人は、債権者や遺贈を受ける人に向けて、二か月以上の期間を定め、請求を申し出るよう公告した。健一は、立替金の領収書を添えて、請求を申し出た。
清算人は、財産目録をつくり、預金を解約して管理し、自宅の管理にも着手した。自宅を売却して現金にするには、家庭裁判所の許可が必要になる。清算人は許可を得て自宅を売却し、そこから、申し出のあった債権者への弁済を進めた。健一の立替金も、確認を経て支払われた。
公告の期間が過ぎても、正夫の相続人は現れなかった。相続人がいないことが確定したのである。ここで、正夫と長年同居し、身の回りの世話をしていた内縁のパートナー、康子が動いた。相続人不存在が確定してから三か月以内であれば、特別縁故者として、家庭裁判所に財産の分与を申し立てることができる。康子は期限内に申立てを行い、裁判所は、康子の長年の貢献を考慮して、残った財産の一部を分与する審判を下した。
分与を受けても、財産がすべてなくなるわけではない。清算人の報酬や諸費用を支払った後に、なお残った財産は、最終的に国庫に帰属する。申立てから国庫への引き渡しまで、手続きは一年近くかかった。
この経験を通じて健一は、身寄りも遺言もない人の遺産は、放置されるのではなく、清算人の選任、公告、弁済、特別縁故者への分与、国庫帰属という段階を踏んで整理されていくことを学んだ。清算が終わった後、健一は、自分も同じ思いを誰にもさせないよう、遺言書の作成を始めた。康子は分与された財産で小さな部屋を借り直し、今も正夫の命日には、健一とともに墓前に手を合わせている。
学びのボックス
| 相続財産清算人の選任申立て | 相続人のあることが明らかでないとき、債権者などの利害関係人や検察官が家庭裁判所に申し立て、清算人が選任される。予納金を求められることもある。 |
| 2つの公告と期間 | 家庭裁判所が相続人捜索の公告(6か月以上)を行い、清算人が債権者・受遺者への請求申出の公告(2か月以上)を行う。 |
| 清算人の職務と債権者への弁済 | 財産目録の作成、預金の管理、不動産の売却(家庭裁判所の許可が必要)を行い、申し出のあった債権者へ弁済する。 |
| 特別縁故者への分与 | 相続人不存在が確定した後、特別縁故者は期間満了後3か月以内に家庭裁判所へ財産分与を申し立てられる。 |
| 残余財産は国庫へ | 債権者への弁済、特別縁故者への分与、清算人の報酬などを済ませてなお残った財産は、最終的に国庫に帰属する。手続き全体には1年近くかかることもある。 |
