[相続のお話]「あなたは相続人じゃない」――15年分の介護日記が覆した現実

「あなたは相続人じゃない」――15年分の介護日記が覆した現実

――特別寄与料の壁を、日々の記録が乗り越えた

長男の妻・田村由美子は、義母のフミが認知症を患ってから十五年間、ほぼひとりで介護を担ってきた。夫の敏之は仕事で家を空けがちで、義理の弟妹たちも遠方に住み、たまに顔を出す程度だった。フミが亡くなり、四十九日を終えたある日、由美子は敏之から思いがけない事実を告げられた。「由美子は相続人じゃないから、遺産は一円ももらえないんだ」由美子は最初、何を言われているのか理解できず、ただ夫の顔を見つめ返すことしかできなかった。

民法上、相続人になれるのは配偶者と子・親・兄弟姉妹などに限られる。長男の妻という立場は、どれだけ献身的に義母を介護しても、法定相続人には含まれない。由美子は愕然とした。仕事を辞めてまで付き添った通院、夜中の徘徊対応、食事や排泄の介助――その十五年間が、法律上は「なかったこと」として扱われてしまうのか。「私は一体、何のためにあれだけ頑張ってきたんだろう」悔しさと虚しさで、しばらく言葉が出なかった。夫の敏之も申し訳なさそうに黙り込むばかりで、由美子の胸のもやもやは晴れなかった。

そんな由美子を見かねた友人が、あるパンフレットを渡してくれた。「特別の寄与」という制度があり、相続人でない親族でも、無償で被相続人の療養看護に貢献していれば、相続人に金銭を請求できるというのだ。ただし友人は「制度はあっても、実際に認められるかは立証次第らしいよ」と付け加えた。由美子は半信半疑のまま、地元の弁護士事務所に無料相談の予約を入れ、藁にもすがる思いで初回の面談日を迎えることになった。

弁護士は由美子の話を聞くなり、ある一冊のノートに目を留めた。それは由美子が介護を始めた初日から欠かさずつけていた「介護日記」だった。フミの体調の変化、通院の付き添い内容、服薬の管理、夜間の対応、時にはちょっとした愚痴まで、十五年分、几帳面な字でびっしりと書き込まれていた。さらに紙袋いっぱいの通院領収書やおむつ・介護用品の購入レシートも、律儀に日付順でまとめられていた。「もったいなくて捨てられなかっただけなんです」と由美子は照れくさそうに語ったが、その几帳面さこそが、後に大きな意味を持つことになる。

弁護士は目を輝かせた。「これは非常に強力な証拠になります。特別寄与料の請求で一番の壁は、労務の中身と期間、それが無償だったことをどう証明するかなんです。この日記と領収書があれば、介護の実態を客観的に、かつ具体的に示せます」由美子はここで初めて、自分が何気なく続けてきた記録の重みに気づかされた。「特別な準備をしたわけじゃないんです。ただ、その日あったことを忘れないように書いていただけで」と由美子は静かに付け加えた。

弁護士は日記と領収書をもとに介護時間と内容を整理し、専門的な計算方法を用いて寄与料の金額を算定した書面を作成した。相続人らとの話し合いは難航したが、義理の弟妹たちも詳細な記録を突きつけられると、それまでの態度を一変させた。「こんなに大変だったなんて、正直知らなかった」と、当初反対していた義妹も歩み寄りを見せ、最終的に家庭裁判所の調停で、相応の特別寄与料の支払いで合意が成立した。調停委員からも「これほど丁寧な記録は珍しい」と評価されたという。

調停成立の報告を受けた由美子は、静かに涙をこぼした。お金の問題以上に、十五年間の労苦が「確かにあった」と法的に認められたことが、何より救いだった。「毎日続けていた日記が、まさかこんな形で私を守ってくれるとは思わなかった」と由美子は振り返る。弁護士も「もし日記がなければ、ここまで具体的な立証は難しかったでしょう」と語った。何気ない記録の積み重ねが、法律という壁を越える力を持っていたのだった。

学びのボックス


項目内容
特別寄与料とは相続人以外の親族が被相続人の療養看護等に無償で貢献した場合、相続人に対して金銭を請求できる制度(2019年7月施行)。
請求できる人の範囲被相続人の親族(六親等内の血族・配偶者・三親等内の姻族)が対象。長男の妻など相続人でない親族も含まれる。
立証で重要な証拠介護日記、通院記録、費用の領収書、写真など、労務の内容・期間・無償性を具体的に示す資料が鍵となる。
請求期限の制約相続開始及び相続人を知った時から6か月、または相続開始から1年を経過すると請求できなくなる。
まず行うべき対応相続人との話し合いがまとまらない場合は、期限内に家庭裁判所へ「特別の寄与に関する処分」調停を申し立てる。

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